第１話　日本国は存亡の危機に瀕している！

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

　僕の名前は志賀隆太郎。28歳独身だ。内閣府国家戦略特別室で課長補佐をしている。
　国家戦略特別室のメンバーは上司の新居（にい）幸子室長と同僚の茜（あかね）幸子、そして僕を合わせて3人。僕たちの仕事は国で発生した問題を解決することだ。

　3月某日、僕は新居室長からある指示を受けた。
　政府が全省庁を横断した国家的プロジェクトを予定しており、僕に白羽の矢が立ったそうだ。茜ではなく僕にだ。
　もう一度言おう。茜ではなく、僕に白羽の矢が立ったのだ！

　僕はウキウキしながら指示された部屋に入手した。
　さてはて、国家的プロジェクトとは何だろう？

　部屋には会議テーブルが置いてあり、既に若手4人が着席している。
　僕以外の4人はメガネ。メガネ率が高い。

　席の前にはネームプレートが置いてあった。ネームプレートが置かれた場所に座れということだ。

　財務省　山田
　総務省　佐藤
　防衛省　鈴木
　国交省　田中

　そして、
　『内閣府　志賀』

　僕の席だ。
　見たところ、僕がこの中では一番年長者らしい。

　僕がそわそわしながら待っていたら政府高官が現れた。

「君たちに来てもらったのは他でもない。日本国は存亡の危機に瀕している！」

　政府高官はいきなりぶち上げた。いつもの会見ではボソボソ喋っているのに、ここでは饒舌だ。なんか良いことあったのかな？
　それにしても、国家存亡の危機とは大げさな……

「君は、何が日本国家を脅かしていると思うか？」

　政府高官は目の前に座った青年を指さした。総務省の佐藤だ。
　指名された佐藤は考えている。いや、正確には考えているフリをしているだけだろう。

　きっと、佐藤はこう考えているはずだ。
　政府高官の質問に正解すると「ちょっと頭がいいから、俺のことバカにしやがって」と思われるかもしれない。
　不正解でも「こいつ、気を使って間違いやがったな」と思われるかもしれない。
　政治家は面倒くさいのだ。

　少しした後、「いえ、分かりません」と佐藤は答えた。

「そうか、正解は花粉症だ！」

　政府高官は佐藤の「分かりません」に気を良くしたようだ。
　それにしても……花粉症が日本国家を脅かしている？

　花粉症の有病率は年々増えている。具体的な数値を示しておこう。

　図表1は1998年～2019年の10年ごとの花粉症有病率を示したものだ。1998年には19.6%であった花粉症患者が2019年には42.5%まで増加している。
　今や花粉症は日本の国民病と言われている。
　皆さんの多くは花粉症に悩まされているはずだ。

【図表1：花粉症有病率】


※出所：環境省『花粉症環境保健マニュアル2022』


　また、花粉症は不快なだけでなく、大きな経済損失を発生させる。

　パナソニックの調査によれば、花粉症で労働力が低下することによる経済損失は日本全体で1日に約2,340億円らしい。
　さらに、エスエス製薬によれば、スギ花粉の飛散する時期は2月中旬から4月中旬の2カ月、ヒノキ花粉は3月中旬から4月中旬の1カ月とされている。
　つまり、日本全体で約2カ月間花粉症の症状が継続すると仮定し、経済損失額を計算すると約14兆円（2,340億円×60日）になる。

　14兆円の経済損失は大きい。花粉症は日本経済に甚大な悪影響を及ぼしていると言える。
　ただ、これだけで花粉症が日本国家を脅かしているとは……大げさではないか？

「ここからは、このプロジェクトのリーダーに説明してもらう」と政府高官がいうと、会議室のドアが開いた。
　そのドアから上下スエットを着た見慣れた顔が入ってきた。

「茜っ？」

　今日の茜は髪の毛がボサボサのスエット姿だ。
　昨日飲み過ぎて寝坊し、そのまま出勤したのだろう。
　今朝、見なかったと思ったら遅刻したんだな。

　驚く僕に「よお！」と茜は手を上げて応えた。

「茜先輩だー！」
「まぢ？　本物初めて見た」

　ざわつく男性陣。

　茜の人間性はともかく、頭と顔面の偏差値は高い。
　若手のキャリア官僚の間では「クールビューティー」と言われていて、霞が関にはコアなファンもいる。

　どこかのアホが「腐女子って感じですねー」と言っている。
　茜の人間性を知っている僕からすると「いいから、アイツは止めておけ」とアドバイスしてあげるべきなのだが。

「紹介しよう。内閣府　国家戦略特別室の茜幸子くんだ。今回のプロジェクトのリーダーをしてもらう。じゃあ、後はよろしく！」

　そういうと政府高官は会議室から出ていった。

　白羽の矢が立ったと喜んでいた僕。
　そんな僕の前に同僚がプロジェクト・リーダーとして現れた。

　――嫌な予感しかしない……