第2話 サーチャーに会いに行こう(その1)

文字数 1,548文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 次の日の午後、僕と茜はサーチファンドに転職した茜の大学時代の同級生に会いに行った。
 僕のイメージするファンドは、若い人から年配の人まで年齢層がバラバラだ。でも、受付からミーティングルームに向かう間にすれ違った人たちは若そうだった。ひょっとしたら、サーチファンドには僕と同年代の人も多いのかな。

 ミーティングルームに案内されてしばらく待っていたら、男性が2人入ってきた。僕と同年代の男性と少し年上の男性だ。同年代の方が茜の同級生、年上の男性がその上司なのだろう。

 名刺交換した若い方が山田という茜の同級生だ。アドミニストレーションの部署にいるらしい。年上の男性は田中というサーチャーだった。

 僕は「サーチャーは若い人が多い」と聞いていたから少し驚いた。
 そんな僕の表情を見て取ったのか「私がサーチャー最年長なんだよね。他のサーチャーはもっと若いよ」と田中は言った。

 田中の話では、サーチャーになる人材はコンサルティング業界や金融業界にいた人が多いらしく、年齢的には30歳前後が多いらしい。
 30歳前後の人が独立を考えた時に、一からベンチャー企業を始めるのにはリスクが高い。成功する可能性も低いだろう。
 サーチャーは事業承継で成熟企業を引き継ぐことができるため、一から始めるよりもリスクが低い。既に事業は安定していて、経営も安定しているからだ。
 さらに、成熟企業の買収資金はサーチファンドから出してもらえるから、自己資金も必要ない。僕の印象では、サーチファンドはある程度の経験を積んできた人材がチャレンジできる場になっているようだ。この点はベンチャー企業に似ている。

 田中の説明を聞く限り、茜の同級生の山田の方がサーチャーに適していそうだ。
 不思議に思ったから、「山田さんはサーチャーではないのですか?」と僕は質問した。

「僕は違いますね。サーチャーの活動をサポートする役割です。直接経営に関与するわけではなくて、投資案件のデューデリジェンス、管理などをしています」
「一緒に働いていると、サーチャーをしようと思ったりしませんか?」
「まぁ、思わないこともないですけど、僕にはそこまでの覚悟がないですね」
「というと?」
「サーチャーは優秀なやる気のある人たちです。さらに、一度事業承継をしてしまうと簡単に辞められません」
「はぁ」
「僕にはそこまでの決心が付かないんです」

 彼の気持ちは僕にも理解できる。経営を知識として知っていても、実際に経営するのは違う。特に日本の中小企業は年齢層が高い。高学歴で高収入の仕事に就いていたとはいえ、急にやってきた若造が「今日から社長になりました」と言って納得してくれるだろうか。
 世代間の考え方が違うし、IT化などの社内の変化を受け入れてくれるかどうかは、未知数だ。実際に会社の中に入ってやるのはなかなか難しい、と彼は考えているのだ。
 それに、大企業を辞めて中小企業の社長になるのには勇気がいる。僕が公務員を辞めて中小企業の社長になるとすると……直ぐには決断できない。
 僕には彼の気持ちがよく分かる。

「僕も同じです。うまく社長ができるか自信がないですね」
「そうでしょ!」
「えぇ。営業や管理を改善しようとしても反対する従業員も多そうです。年配の社員を納得させないと上手くいかなさそうだし、昔からの取引先とのしがらみも強そうです。なかなかうまく経営する自信がないですね」と僕も山田の意見に同意した。

「その点だけは、オジサンは楽でいいよ。若さはないけど経験と実績はある!」と田中はドヤ顔で言った。
 なかなか面白い人のようだ。こういう人は、中小企業の中でもやっていけそうだ。

<その2に続く>
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