第4話 外国から介護人材を採用しよう!(その1)

文字数 2,302文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 垓のダイジェスト映像は別の場面に切り替わった。
 外国から介護職員を呼び込むためのビザ発行の緩和が、国会で議論されている。

 政府は給与を増加させるだけでは介護職員の数を劇的に増加させることができない、と気付いたようだ。介護職員の不足を解消するためには、国内だけで募集しても劇的な改善は見られないと考えた。
 国会において日本人の雇用を守る必要があると訴える野党議員の反対はあったものの、介護職員として就労する外国人のビザ発行を大幅に緩和する法案が可決された。

 これにより、外国から介護職員を呼び込むキャンペーンが始まった。外務省と厚生労働省が東南アジア諸国を訪問して、各国政府に日本のビザ発行緩和をアピールしていった。

 現在も外国から介護職員を採用する動きはあるのだが、採用数は多くはない。
 日本政府は本格的に外国人介護人材確保に乗り出したが、果たしてうまくいったのだろうか?

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 垓のダイジェスト映像は、ベトナムから人材送り出しをしている会社の社長である鈴木さんへのインタビューに切り替わった。
 レポーターは介護人材の外国からの確保について鈴木さんに質問している。

「御社はベトナムから介護人材の送り出しもしていると伺っています。政府の大規模なキャンペーンが始まりましたが、日本への斡旋は順調ですか?」
「いやー、どうだろうなー」
「送り出す人数は倍増したのですよね?」
「倍増? ないない……キャンペーン前とあんまり変わんないかなー」と鈴木さんは渋い顔をしながら言った。

 介護職員の給与が上がったし、外国からの介護人材の就労ビザが緩和された。レポーターは海外からの介護職員の斡旋は増えていると想定していたようだ。しかし、鈴木さんの回答はレポーターの予想とは違っていた。
 レポーターは鈴木さんに理由を尋ねる。

「私の理解では、介護職員の給与が上がったし、ビザが緩和されたから斡旋は順調だと思ったのですが……違うのでしょうか?」
「そんなに順調ではないですね。どこから説明すればいいですかね」
「私は斡旋のことをよく知らないので、素人でも分かるように教えてもらえれば有難いです」
「えーっと……ベトナムから日本に介護職の人材を斡旋する場合には競合がいます。これはご存じですか?」
「競合ですか? いえ、知りません」
「斡旋業者は基本的に特定の国の企業の依頼で動いています。私の会社は日本の製造業が多いです」
「はあ」
「他の斡旋業者が当社の直接の競合相手です。でも、裏には顧客がいます」
「例えば?」
「例えば中国です。介護分野ではドイツもバッティングすることがありますね」
「中国とドイツですか……」

 レポーターから質問がないようなので、鈴木さんは説明を続ける。

「中国の状況を説明すると、65歳以上の高齢者は既に2億人以上います。特に農村部の高齢化が深刻です」
「2億人ですか?」
「数だけでいえば、中国の高齢者数は世界一です」
「日本の人口よりも多いですね」
「そうですね。日本の介護施設の人員配置基準は、入居者:介護職員が1:3です。この基準を基に中国で介護職員が何人必要かを計算すると、6,667万人です。つまり、中国には6,667万人の介護職員が必要なんです」
「すごい数! 日本人の約50%が介護職員になるイメージですね」
「そうですね。中国も日本と同じで国内での採用にてこずっています」
「どこも大変なんですね」
「中国国内だけでは介護職員の数が足りない。だから、外国から介護職員を連れてこないといけない。日本よりも中国の方が緊急度は高いです」

 レポーターはベトナムでの介護人材の争奪合戦の背景を少し理解したようだ。鈴木さんは説明を続ける。

「JETRO が公表した資料では、2035年には中国の60歳以上の高齢者が4億人を超えると予想されています。つまり、2035年には人口の30%が高齢者になります」
「日本並みの高齢化社会になるのですね」
「ええ。ちなみに、先ほどの人員配置基準で計算すると、介護職員は1億3,333万人必要になるわけです」
「そんなに……日本の人口よりも中国の介護職員の方が多くなるわけですね」
「さらに人口構成から推測するに、中国の高齢化はこれからもっと酷くなります」

 鈴木さんはそういうと中国の年齢別人口分布(人口ピラミッド)をレポーターに見せた。


【図表48:中国の人口ピラミッド:2021年度】



出所:PopulationPyramid.net
https://www.populationpyramid.net/


 鈴木さんは資料を見ながら説明を続ける。

「これは2年前の中国の人口ピラミッドです。今の中国は55歳前後と35歳前後の人口が多いです。10年~15年前くらいの日本の人口分布に似ています」
「そう言われれば……そうですね」
「中国は長い間、一人っ子政策を実施してきましたから、子供の数が少ないんです。さらに、一人っ子政策が解除された後も、経済成長の過程で生活費・教育費が上がりましたから、急激に少子化が進みました。約10年で日本と同じレベルの高齢化社会に突入します。そして、中国の高齢化社会はその後少なくとも40年間続きます。中国の出生率は日本よりも低いから、日本よりも中国の方が高齢化問題は深刻ですね」

※一人っ子政策は、原則として一組の夫婦につき子供は一人までとする政策です。1979年から2014年まで実施されました。
※日本の出生率は1.3人(183位)、中国の出生率は1.164人(186位)です。


<その2に続く>
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