第6話 扶養制度を廃止しよう!(その3)

文字数 1,921文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 レポーターは「今は当時とは逆の立場でネットに対峙している」と言った。
 そして、レポーターは「今の立場と当時の立場のどちらがいいか?」と鈴木さんに質問している。
 レポーターの意図が分からない鈴木さんは確認する。

「逆の立場……ですか?」
「えぇ、“誹謗中傷を書き込む側”と“誹謗中傷と戦う側”です」

 鈴木さんはやっとレポーターの意図が分かったようだ。

「あのー、ちょっと誤解されているようです」
「誤解ですか?」
「何から説明すればいいのか……まず、僕は以前も今も同じ立場ですよ」
「同じ立場? どういう意味ですか?」

 鈴木さんの想定外の回答にレポーターは驚いている。
 同じ立場だとすると、鈴木さんは今も“誹謗中傷を書き込む側”にいることになる。
 鈴木さんは今もネットに誹謗中傷を書き込んでいるのだろうか?

 鈴木さんはどこまで話して大丈夫なのか心配だからレポーターに「僕の顔はモザイクを掛けてくれますよね?」と確認した。

「もちろんです!」

 それを聞いて安心した鈴木さん。話を続ける。

「ここだけの話です」
「えぇ、分かってます!」

「まず、風評被害の対応している会社は、風評被害を受けている被害者がいないと仕事になりませんよね?」
「そう……ですね」
「だからね、僕の会社には風評被害を受ける被害者を作る、つまり、特定の誰かを炎上させる役が必要なんです」
「ひょっとして……?」
「そうです。僕の仕事はネットに誹謗中傷を書き込んで炎上させることです」
「えぇっ?」
「営業担当者が風評被害で困っている人にコンタクトして契約を取ります。さらに別部署の人間が沈静化する。そういう流れですね」

 なんと自作自演だったのだからレポーターは驚きを隠せない。
 そんなレポーターの表情を見て、鈴木さんは「冗談です」と小さく言った。

「えっ?」
「だから、冗談です」
「……」
「今の話、ウソです。そんなこと、するわけないじゃないですか」
「じゃあ……」
「もちろん、ちゃんと風評被害が収まるように対応していますよ」

 騙されたレポーター。でも、これで放送できる内容になりそうだ。
 気を取り直して別の質問をする。

「鈴木さん、今のお仕事は楽しいですか?」

 鈴木さんは少し考えてから「楽しいですよ」と言った。

「どの辺りが『楽しい』ですか?」
「えぇっと……今までリアルで会っていなかった人たちと一緒に仕事できることですね」
「リアルで会っていなかった人ですか?」
「僕は一時期引きこもっていました。けど、何もしていなかったわけじゃないんです」
「はぁ」
「外出は最低限にして、ほぼ終日ネット上で生活していました。だから、ネットで知り合ってやり取りしていた人が多かったんです」
「へー」
「今の会社に入社したのはヴァーチャルで知り合った山田さんの紹介です。入社した今はリアルの山田さんと一緒に仕事をしています」

「あっ、そういうことですね」とレポーターは納得している。
 SNSだけの付き合いの人も増えている。だから、実際に面識のない知り合いは多い。

「山田さんとは毎日会うんですか?」
「山田さんと会ったのは1回だけです」
「1回だけですか?」
「でも、オンラインでは毎日やり取りしていますよ」

 レポーターは鈴木さんの勤務形態は基本的に在宅ワークなのだと理解した。

「鈴木さんの会社は皆さん、在宅ワークなんですよね?」
「そうですよ。会社のVPNが自宅から使えるから、出社する必要はないですね」
「あまり理解できないんですけど……鈴木さんはすごいんですね」

 その後もインタビューは続いたが、特に特筆すべきことはなかった。

 レポーターは「引きこもりだった鈴木さんは社会復帰を果たしたようです。テレワークも増えていますから、人見知りの人も働きやすい環境ができつつあるようです!」とインタビューを締めた。


 ***

 垓のダイジェスト映像を見終わった僕たち。

「鈴木さん、空気が読めねーなー」と茜は爆笑している。

 ダイジェスト映像に登場した鈴木さんは楽しく働いているようだ。扶養制度の廃止が鈴木さんの社会復帰を後押ししたことは間違いないだろう。

「微妙な箇所もありましたけど……労働者人口は増えました。悪くはない結果でしたね。GDPが劇的に増えるわけではなさそうですけど」と言う僕。

「そうねー。悪くはないわね。でも、扶養制度を廃止ってなると……世論が荒れそうね」と新居室長はボソッと言った。

 話し合った結果、年金保険料支払い年齢の引き上げと扶養制度の廃止を政府に提案することになった。

 政府はどう判断するのだろう?
 僕はいい案だと思うんだけどな。

<第9章終わり>
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