第2話 PBR改革(その1)

文字数 1,765文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 今回の政府からの依頼は「日経平均を5万円にしろ!」。
 政府高官が一方的に僕たちに伝えて去っていった。
 正直、誰も乗り気ではない。

 茜の方を見たら「『5万円にする』って言った本人が責任とれやーーー!」と叫んでいる。

 そうはいうものの、いくら気に入らない依頼でも仕事は仕事だ。
 僕たちの任務は日経平均株価を5万円にすること。その事実は変わらない。

 僕は「そうはいっても仕事だからさ……ちょっと考えてみようよ」と茜を宥める。

 茜は不貞腐れたように「じゃあ、自社株買いさせればいいんじゃない?」と言っている。

 自社株買いは最近の株価上昇に大きく貢献している。方向性として間違ってはいないと僕は思った。

「自社株買いはいいアイデアだね!」と僕は茜の機嫌を取る。

「そうだろ。日経平均株価の構成銘柄に自社株買いを強制すればいい!」

 いつもながら強引な手法を提案してくる茜。でも、自社株買いは企業が株主還元策として独自に行うものだ。本来は強制させるものではない。

「どうやって強制するの?」と僕は茜に確認する。

「うーん、そーだなー。例えば……留保金課税の範囲を拡大するとか」
「あの悪評の税制を復活させるの?」

※留保金課税とは企業の内部留保に対して課税する制度です。現在は特定同族会社(上位1位が50%超保有、資本金が1億円を超える)のみが留保金課税の対象です。
ここで、留保金額とは所得のうち法人税等や配当として社外に流出していない額から留保控除額(最低2,000万円)を控除した金額です。つまり、所得から法人税等を支払った後に、配当しない金額が2,000万円を超えると留保金課税が発生します。

「まぁね。株主還元を積極的に行えば株価は上がる。そのためには留保金に課税して強制的に自社株買いをさせないといけない」
「そのための留保金課税か……」

 現在の留保金課税の対象は資本金1億円を超える特定同族会社であるため、対象となる企業は日本にほとんどない。この課税を逃れるために企業は資本金を1億円以下にするからだ。
 それに、この税制は企業の内部留保に対して課税するため、課税所得に対して課税された剰余金(留保金)に対して再度課税することになる。つまり、二重課税が行われることになるため評判が悪い。
 さらに、内部留保は企業が将来の損失に備えるために必要な貯えだ。積極的に社外流出させると、不況時に倒産する企業が大幅に増加することになる。

 以前は留保金課税が適用される範囲が今よりももっと広かった。だが、悪評すぎて適用範囲が縮小され現在(資本金1億円を超える特定同族会社)に落ち着いている。その税制を茜は復活させようとしているのだ。
 色々な意味で揉めそうな気がする……

 僕は判断に困って新居室長に尋ねた。

「どう思います?」
「留保金課税の適用範囲の拡大は難しいかもしれないわね」
「そうですよね!」

 僕は新居室長が留保金課税の改正に難色を示して少し安心する。

「けど、似たような仕組みで上場会社に自社株買いをさせればいいわけだよね?」
「そうですね。何かないかな……」

「じゃあ、東証の上場維持基準にPBR1倍以上を入れるのは?」と茜が言った。

※日経平均株価の構成銘柄である東証プライム市場の上場維持基準は以下の4つです。
・株主数:800人以上
・流通株式:流通株式数 2万単位以上、流通株式時価総額 100億円以上、流通株式比率 35%以上
・売買代金:1日平均売買代金が0.2億円以上
・純資産の額:純資産がプラス

 留保金課税は税制改正が必要になるし、改正するまでに相当揉める可能性が高い。
 揉めるのが分かっている方法を積極的に進めるよりも、上場企業の株価対策なのだから上場維持基準に入れてしまった方がいい。
 それに、PBRが1倍以上の上場企業が自社株買いしても、株価の上昇への効果は限定的だ。
 PBRが1倍未満の上場企業に自社株買いを促して、株価の低い企業の株価を底上げした方が効果的だといえる。

 何にしても、日経平均株価を5万円にするためには株価が低迷している企業のテコ入れが必要だ。自社株買いは株価を引き上げるための有効な手段といえるだろう。

 僕はそう考えた。

<その2に続く>
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