第4話 事業承継とその後(その2)

文字数 2,290文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 垓のダイジェスト映像が別のシーンに切り替わった。場所は佐藤さんが引き継いだ工場だ。

 ダイジェスト映像は工場の社長室を映している。社長室とは名ばかりの小部屋に置かれた古そうな応接セットに、男性が2名座っている。服装から想像するに、工場の従業員ではなさそうだ。

「佐藤社長、はじめまして。五反田キャピタルの山田と申します。同席しているのは部下の渡辺です」
 男性2名はそういうと、佐藤さんに名刺を渡した。この男たちはどうやらベンチャーキャピタルのようだ。

「御社のことは業界内で噂になっています。実は、当社の投資先にも御社と取引させていただいている会社がありまして、製品についてはよく存じ上げております」
「そうなんですか。ちなみに、どちらですか?」
「医療機器ベンチャーの〇〇です」
「〇〇ですか。よく存じ上げております。こちらこそ、お世話になっています」
「いえいえ。御社は〇〇でも評判ですよ」
「ありがとうございます! 当社の作っている製品はちょっと変わってますから、一般販売はしていません。ほとんど知られていない会社ですから、ちょっとビックリしました」
「そんなことありませんよ。御社の製品は生活習慣病を手軽に判定できるので、今後も市場規模は広がっていくと思います」

 佐藤さんは自社製品を褒められて嬉しそうにしている。だが、ベンチャーキャピタルは佐藤さんにお世辞を言うために来たわけではない。
 佐藤さんは来社した理由を山田に質問した。

「それで、今日はどういう件でしょうか?」
「御社の製品は発展途上国でも展開ができると思っています。幸いにも当社の投資先でアフリカに展開している会社がありますから、その会社経由で御社の販売をしてみてはどうか?と思っているのです」
「というと、今日はその会社の紹介に来られたわけで?」

 五反田キャピタルの山田は本題に入る。

「そうです。それと……これを機会に、御社に少し出資させていただければと思っています」
「出資ですか……開発資金が欲しいところですが、経営権に影響を及ぼす株数を発行する訳にはいきません。やっと、会社のゴタゴタが落ち着いたところですから」
「もちろんです。当社はベンチャーキャピタルですから出資といっても経営に影響を及ぼす出資はしません。数パーセントのマイノリティ出資だとお考え下さい」
「はぁ」

 佐藤さんはあまり乗り気ではなさそうだ。でも、山田は提案を続ける。

「実際に出資を受けるかどうかは、佐藤社長が判断して下さい。でも、御社の株価が幾らなのかを知っていて損はありません」
「当社の株価ですか?」
「えぇ、そうです。御社の株式価値が分かれば、御社が市場でどれくらい評価されているかの判断材料になります」
「ユニコーンとか、そういう話ですか?」
「そうです。それに、弊社のようなベンチャーキャピタルが出資すれば、御社が注目されます。そうすると、さらに価値が上がります。営業にもプラスになりますよ」
「まぁ、そうかも……しれませんね」
「御社の財務情報を開示していただければ、株価を算定してご提案させていただきます。出資を受けるかどうかは、我々の提案を聞いてから決めればいいですから」

 佐藤さんも検討するだけなら……ということで、山田の提案に乗った。
 五反田キャピタルの二人は佐藤さんから決算書などの資料を受取って帰っていった。

 **

 2週間後、五反田キャピタルの二人が佐藤さんの会社にやってきた。

「御社の株式価値は発行済株式の100%で100億円と算定しました。時価総額100億円です。発行済株式総数の5%を5億円で発行していただけませんか?」
「時価総額100億円ですか……それは、すごい金額ですね」

 佐藤さんは予想外の金額に戸惑っている。時価総額は数億円がいいところだと思っていたようだ。
 発行済株式総数の5%を発行するだけであれば、会社の経営には影響がない。それに、5億円の出資を受けることができれば、新規に進めようと思っていた研究開発を本格的に開始できる。
 佐藤さんは「検討します」と山田たちに伝え、その日のミーティングはそこで終了した。

 1週間後、佐藤さんは最終的に五反田キャピタルから5億円で発行済株式総数の5%の出資を受け入れることを先方に伝えた。

 **

 垓のダイジェスト映像を見ていた僕たち。

 茜は「時価総額100億ってすごいなー」と呟いている。

「これからもっと時価総額が上がっていくかもしれないよ」と僕は言った。

「ベンチャーあるあるだなー」

 ベンチャーキャピタルが出資したことによって、これから佐藤さんの会社の時価総額は上がっていくのだろう。

 ベンチャー企業は成長期に入ると、売上・利益がなくても急激に株式価値が増えていく。
 企業の成長サイクルにおける時価総額と売上・利益の関係を示したものが図表43-2だ。

【図表43-2:企業の成長サイクルにおける時価総額と売上・利益の関係】



 一般的なベンチャー企業は成長期に株式価値が最大になる。企業に対する期待、つまり、将来もっと大きくなるかもしれない期待が大きいためだ。実際の売上・利益は株式価値と関係がない。
 ベンチャー企業は株式価値の高い成長期に上場する。上場後、業績は安定するもののそれ以上の成長が見込めなくなるから株式価値が下がっていく。そして、徐々に衰退していく。

 佐藤さんの会社は事業承継(第二の創業期)から成長期に入った段階だ。

 うまく上場できればいいんだけどな……そう僕は思った。

<その3に続く>
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