第3話 免税事業者を無くせ!(その2)

文字数 2,503文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

<その1からの続き>

 ここで、免税事業者と課税事業者の判定基準を念のために説明しておこう。消費税の納税義務が免除されるのは、その課税期間の基準期間における課税売上高が1,000万円以下の事業者だ。
 つまり、課税売上高1,000万円が免税事業者と課税事業者の境目となっている。

 少しややこしいのだが、この課税売上高とは、免税事業者の場合は税込売上高、課税事業者の場合は税抜売上高を指す。
 課税事業者の税込売上高が1,050万円の場合、課税売上高は税抜価格954万円となるから1,000万円を下回る。免税事業者の税込売上高が1,050万円の場合、課税売上高は税込価格1,050万円となるから1,000万円を上回る。

 そして、課税売上高を判定する基準期間は前々事業年度を指す。つまり、2事業年度前だ。
 分かり難いので具体的な例で説明しよう。ある会社のX1年度からX5年度の課税売上高が図表26であったとする。

【図表26:課税売上高による免税事業者と課税事業者の判定】



 X1年度とX2年度は省略して、X3年度の免税・課税を判定する。
 X3年度の2事業年度前はX1年度だ。X1年度の課税売上高は900万円だから免税事業者の要件(課税売上高1,000万円以下)を満たす。だから、X3年度は免税事業者だ。
 X4年度の判定にはX2年度を利用する。X2年度の課税売上高は1,000万円を超えているから、X4年度は課税事業者となる。
 同様に、X5年度はX3年度で判定するから、免税事業者となる。

 国税庁によれば、消費税の課税事業者は約300万件、免税事業者は約500万件とされている。市場規模はともかく、事業者の数だけでいえば免税事業者の方が圧倒的に多い。
 もし、免税事業者の平均売上高が税抜500万円としたら、消費税額は2.5兆円(500万円×10%×500万件)になる。日本の税収で最も大きいのが消費税23.4兆円(2023年度当初予算)であるから、免税事業者を課税事業者に変更することが消費税収を引き上げることにつながる。


 ***


 垓のシミュレーションは10分で終了した。
 微妙なシミュレーション時間の長さだ。良くも悪くもない結果が出たような気がする。

 僕たちは垓のシミュレーション結果を確認するためにダイジェスト版の映像を見ている。

 ダイジェスト映像は討論会番組が映し出した。課税売上高を500万円に引き下げた与党議員と事業者が議論しているようだ。

 司会者が与党議員と参加した事業者の紹介をする。

「本日は〇〇党の衆議院議員の佐藤先生、佐々木さん、鈴木さんのお二人に来ていただきました。佐々木さんはインボイス制度が開始した時にインボイス登録事業者の申請を行って、それ以降消費税の課税事業者となっています。一方の鈴木さんは、インボイス制度が開始した時には申請をしませんでしたが、今回の課税事業者の基準変更に伴って課税事業者となりました。お二人にはそれぞれの立場から、討論会に参加していただきたいと思っています!」

【図表27:佐々木さんと鈴木さんの消費税の事業者区分】

 

 司会者はジーンズにTシャツを着た男性に質問した。この男性が佐々木さんのようだ。

「まずは、佐々木さんからお話を伺いたいと思います。佐々木さんはフリーランスとしてお仕事をされているようです。具体的にどのようなお仕事をされているのでしょうか?」

「僕は個人事業主として会社のホームページやパンフレットを作っています。僕に仕事を依頼するのが会社なので、インボイス制度が開始した時に取引先から「消費税を請求するのならインボイスの登録をしてほしい」と言われました」

「そうすると、インボイス登録事業者になった時点から、佐々木さんは消費税を納税していたわけですね?」
「そうです。最近、課税事業者の判定基準が下がったらしいですが、僕はインボイス制度が開始した時に課税業者になりましたから、今回の改正はあまり関係ないですね」

「そうですか。そうすると、佐々木さんは今回の消費税法の改正について、特に意見はないわけですか?」
「僕ですか? まぁ、ないですね」
「そうなんですか。ちなみに、どうして?」

 佐々木さんは少し考えた後、司会者に答える。

「インボイス制度が開始した時は『なぜ僕が消費税申告しないといけいの?』と思っていました。僕なんか個人事業主ですから、大した売上がないんですよ。それなのに急に消費税を払えなんて酷い話です」
「あの時は、いろんな人がインボイスの廃止を訴えてましたね」
「そうです。僕もインボイスを廃止してほしいと思ってました」
「結局、廃止されませんでしたね」
「そうですね。僕もインボイス廃止要求の署名したんですけど……無駄でしたね」

「インボイスは廃止されず、今回は課税事業者が増えるような消費税法の改正が行われました。佐々木さんは、今でもインボイスを廃止してほしいと思っていますか?」
「うーん、廃止してくれた方が有難いけど……正直、どっちでもいいですね」
「以前ほどインボイスを廃止してほしいと思ってない、ということですか?」
「そうですね。不思議なものですが」

 司会者は佐々木さんに質問を続ける。

「心境の変化に何か理由があるのでしょうか?」
「うまく説明できないのですが、不公平感というか……が解消されたかな」
「具体的にはどういう不公平感ですか?」
「うーん、今回の改正で他の人も消費税の申告をしないといけなくなりましたよね」
「そうですね」
「正直……僕は『ざまーみろ』って思いましたね」
「はあ、そんなものですか」
「僕だけ消費税の申告をしないといけないのは嫌です。けど、他の人も申告するんだったら、まぁいいっかな……と思ったんです」
「興味深いですね」
「前のような怒りがないんですよ。不思議ですよね」


 僕が茜の方をチラッとみたら「ほらね」と茜が嬉しそうにしている。

 インボイス登録業者の怒りは、他の人も消費税を納付することで収まった。茜の狙い通りだったようだ。

<その3に続く>
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