第1話 廃業します!(その1)
文字数 2,199文字
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
僕の名前は志賀 隆太郎。28歳独身だ。日本の国家戦略特別室で課長補佐をしている。僕の仕事は国で発生した問題を解決すること。
国家戦略特別室のメンバーは上司の新居幸子室長と同僚の茜幸子、そして僕を合わせて3人。今日も厄介事が国家戦略特別室にやってくる。
出勤中の電車の中、ニュースサイトをチェックしていたら声優の誰かが「今年で廃業します」とコメントしていた。最近流行っているようだ。インボイス廃業……
その声優は個人事業主としていろんな番組制作に関わっていたようだが、制作会社からインボイスを発行するように言われたようだ。インボイスを発行するためには課税業者にならないといけない。課税業者になると消費税の納税が必要になる。これが廃業する理由らしい。
僕が国家戦略特別室に入ったら、新居室長と茜が口論していた。いつもの光景だ。この二人は仲が悪い。
「おはようございます!」と僕は二人に挨拶する。
「あー、志賀君。聞いてよー」と新居室長。
「どうしたんですか?」
「内閣から「インボイス制度を浸透させるための案を考えろ」って依頼がきたんだ」
「へー、面倒な依頼ですね」
「それでね、私が何かいい案がないかと思って茜に相談したら、「そんなの無視しろ!」って言うのよ」
茜らしい対応だ。面倒なことには関わらない、やらない。
僕は興味のない案件の茜の対応を『見ざる聞かざる言わざる』と呼んでいる。
いや、文句は多いから『言わざる』ではないかもしれない。
僕は新居室長に内閣からの依頼内容を確認する。
「インボイス制度を浸透って……もう始まってますよね?」
「2023年10月から開始されているから、そうなんだけど……」
「じゃあ、今さらなんで?」
「「インボイス制度を廃止しろ!」って毎日のように意見陳述にくるらしいのよ。もう始まってるからどうしようもないのにねー」
「あー、さっきも通勤途中にネットのニュースで見ました。声優が『インボイス廃業します!』とか言ってるアレですよね」
「そう。弱い者イジメじゃないかって意見も出てるから、内閣の支持率に影響しないかを気にしているみたい」
「内閣の支持率が低いのは、他に原因があるような気が……」
「それをいっちゃダメ。私たちが求められている返答は「そうですね」という肯定的な意見なんだから」
新居室長はいつも大変そうだ。この組織で出世することは、幸せなことではないようだ。
「インボイス制度は弱い者イジメというか……消費税を本来の形にしただけですよね?」
「そうなんだけど……今まで消費税を納税しなくてよかったのに、急に払わないといけなくなったでしょ」
「今まで払わなくて良かったのが、特例扱いというか……」
「そうよ。でも、急に納税しないといけなくなったと感じる人が多くて、マスコミも騒ぐから国民からのウケがよくない」
「へー。僕の印象としては茜に同意したいところですか……」
「そーいわずに。何か考えてよ!」
思うところはあるがこれも仕事だ。僕は政策提案を考えることにした。
***
具体的な話に進む前にインボイス制度について説明しておこう。
インボイス制度は2023年10月から開始した消費税法の改正である。
具体的な改正は「インボイスによる消費税の支払でなければ仕入税額控除できない」ということだけだ。
まず、インボイスとは「適格請求書」のことで、売手が買手に対して、正確な適用税率や消費税額等を伝えるための書類だ。
インボイスには「登録番号」、「適用税率」及び「消費税額等」の記載が必要とされている。
議論になっているのは、インボイスに登録番号を記載するためには「課税事業者」でなければならないことだ。
ちなみに、消費税の申告納税義務を免除されている事業者を「免税事業者」といい、消費税の申告納税義務がある事業者のことを「課税事業者」という。
※前々年度の課税売上高が1,000万円以下の場合、免税事業者となることができます。この場合でも、課税事業者の届出書を税務署に提出すれば、課税事業者となることができます。
つまり、免税事業者が「課税事業者になりたくない!」とネットで騒いでいる。
急にインボイスの話に入ると混乱するかもしれないので、消費税の仕組みを簡単に説明しておこう。消費税が法人税や所得税などと根本的に違うのは、利益課税ではないことだ。
最終消費者(エンドユーザー)が負担した消費税を会社が代わりに受取って、税務署に納付するという仕組みをとっている。つまり、会社は消費税込みで商品を販売しているが、消費税は税務署の代わりに会社が受取っているだけ(消費税を預かっているだけ)で、そもそも税務署(国)が受取る税金だ。
だから、会計上は支払った消費税を仮払消費税、受け取った消費税を仮受消費税という。
物品販売の流れに乗せると図表22のようになる。
【図表22:消費税の受取りと納税】
※仕入税額控除を無視した図のため、正確な納税額ではありません。
図表22の場合、消費者が負担した10円の消費税を会社が税務署(国)の代わりに受取って、仮受した消費税10円を税務署に支払う。つまり、消費税は国の代わりに会社が受取った金額を税務署に払うだけなので、そもそも消費税には損得の概念はない。
<その2に続く>
僕の名前は志賀 隆太郎。28歳独身だ。日本の国家戦略特別室で課長補佐をしている。僕の仕事は国で発生した問題を解決すること。
国家戦略特別室のメンバーは上司の新居幸子室長と同僚の茜幸子、そして僕を合わせて3人。今日も厄介事が国家戦略特別室にやってくる。
出勤中の電車の中、ニュースサイトをチェックしていたら声優の誰かが「今年で廃業します」とコメントしていた。最近流行っているようだ。インボイス廃業……
その声優は個人事業主としていろんな番組制作に関わっていたようだが、制作会社からインボイスを発行するように言われたようだ。インボイスを発行するためには課税業者にならないといけない。課税業者になると消費税の納税が必要になる。これが廃業する理由らしい。
僕が国家戦略特別室に入ったら、新居室長と茜が口論していた。いつもの光景だ。この二人は仲が悪い。
「おはようございます!」と僕は二人に挨拶する。
「あー、志賀君。聞いてよー」と新居室長。
「どうしたんですか?」
「内閣から「インボイス制度を浸透させるための案を考えろ」って依頼がきたんだ」
「へー、面倒な依頼ですね」
「それでね、私が何かいい案がないかと思って茜に相談したら、「そんなの無視しろ!」って言うのよ」
茜らしい対応だ。面倒なことには関わらない、やらない。
僕は興味のない案件の茜の対応を『見ざる聞かざる言わざる』と呼んでいる。
いや、文句は多いから『言わざる』ではないかもしれない。
僕は新居室長に内閣からの依頼内容を確認する。
「インボイス制度を浸透って……もう始まってますよね?」
「2023年10月から開始されているから、そうなんだけど……」
「じゃあ、今さらなんで?」
「「インボイス制度を廃止しろ!」って毎日のように意見陳述にくるらしいのよ。もう始まってるからどうしようもないのにねー」
「あー、さっきも通勤途中にネットのニュースで見ました。声優が『インボイス廃業します!』とか言ってるアレですよね」
「そう。弱い者イジメじゃないかって意見も出てるから、内閣の支持率に影響しないかを気にしているみたい」
「内閣の支持率が低いのは、他に原因があるような気が……」
「それをいっちゃダメ。私たちが求められている返答は「そうですね」という肯定的な意見なんだから」
新居室長はいつも大変そうだ。この組織で出世することは、幸せなことではないようだ。
「インボイス制度は弱い者イジメというか……消費税を本来の形にしただけですよね?」
「そうなんだけど……今まで消費税を納税しなくてよかったのに、急に払わないといけなくなったでしょ」
「今まで払わなくて良かったのが、特例扱いというか……」
「そうよ。でも、急に納税しないといけなくなったと感じる人が多くて、マスコミも騒ぐから国民からのウケがよくない」
「へー。僕の印象としては茜に同意したいところですか……」
「そーいわずに。何か考えてよ!」
思うところはあるがこれも仕事だ。僕は政策提案を考えることにした。
***
具体的な話に進む前にインボイス制度について説明しておこう。
インボイス制度は2023年10月から開始した消費税法の改正である。
具体的な改正は「インボイスによる消費税の支払でなければ仕入税額控除できない」ということだけだ。
まず、インボイスとは「適格請求書」のことで、売手が買手に対して、正確な適用税率や消費税額等を伝えるための書類だ。
インボイスには「登録番号」、「適用税率」及び「消費税額等」の記載が必要とされている。
議論になっているのは、インボイスに登録番号を記載するためには「課税事業者」でなければならないことだ。
ちなみに、消費税の申告納税義務を免除されている事業者を「免税事業者」といい、消費税の申告納税義務がある事業者のことを「課税事業者」という。
※前々年度の課税売上高が1,000万円以下の場合、免税事業者となることができます。この場合でも、課税事業者の届出書を税務署に提出すれば、課税事業者となることができます。
つまり、免税事業者が「課税事業者になりたくない!」とネットで騒いでいる。
急にインボイスの話に入ると混乱するかもしれないので、消費税の仕組みを簡単に説明しておこう。消費税が法人税や所得税などと根本的に違うのは、利益課税ではないことだ。
最終消費者(エンドユーザー)が負担した消費税を会社が代わりに受取って、税務署に納付するという仕組みをとっている。つまり、会社は消費税込みで商品を販売しているが、消費税は税務署の代わりに会社が受取っているだけ(消費税を預かっているだけ)で、そもそも税務署(国)が受取る税金だ。
だから、会計上は支払った消費税を仮払消費税、受け取った消費税を仮受消費税という。
物品販売の流れに乗せると図表22のようになる。
【図表22:消費税の受取りと納税】
※仕入税額控除を無視した図のため、正確な納税額ではありません。
図表22の場合、消費者が負担した10円の消費税を会社が税務署(国)の代わりに受取って、仮受した消費税10円を税務署に支払う。つまり、消費税は国の代わりに会社が受取った金額を税務署に払うだけなので、そもそも消費税には損得の概念はない。
<その2に続く>