第3話 問題を先送りしよう!(その4)
文字数 2,031文字
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ゼロゼロ融資の返済が2年後に開始され、倒産した会社の前に債権者が殺到している。先ほど垓のダイジェスト映像に出てきた鈴木さんの会社だ。
鈴木さんの会社は製造業、取り立てに来ているのは作業服を着た取引先だ。仕入代金の支払いが滞っていたところに弁護士事務所から支払停止の通知が届いた。支払停止の通知に驚いた取引先が取り立てにやってきたのだ。
「社長さーん、出てきてくださーい!」
「中にいるんでしょ?」
「お金払ってもらえませんかー」
「ドロボー!」
鈴木さんは工場のドアを開けて外に出てきた。
「債権者の皆様への説明会を実施しますので、そこで説明させていただきます」と債権者に申し訳なさそうに謝罪した。
鈴木さんは債権者に揉みくちゃにされながらも「すいません」を繰り返している。
会社に来ている債権者の中にはスーツを着た銀行員はいない。
***
債権者集会が開催された。鈴木さんは会社が倒産に至った経緯を説明する。
「コロナ禍で売上が大幅に減少し、何とか業績を改善すべく鋭意努力してまいりました。当社の業績は少しずつ回復していたものの、コロナ禍で借入れた融資を返済することができず、資金繰りが行き詰まりました」
「すいませんじゃねーよ!」債権者の一人が言ったのを皮切りに、他の債権者も声を荒げる。
「銀行ばっかり返済すんじゃねー!」
「うちにも金払えよー!」
「そうだ、そうだ!」
「銀行ばっかり優遇すんなー!」
「ドロボー!」
鈴木さん困った表情で「銀行ばかり優遇しているわけでは……」と隣に座る弁護士に助けを求めた。
弁護士が債権者集会の司会者に合図すると、司会者は債権者に弁護士を紹介した。
弁護士が壇上に上がった。
挨拶もそこそこに「皆様、まず、こちらをご覧下さい」というと、弁護士は会社の清算についての説明を始めた。
【図表34:会社の決算数値と清算価値】
「まず、会社の資産は売上債権(売掛金など)が1,000万円、棚卸資産1,000万円、固定資産2,000万円です。一方、負債は仕入債務(仕入先からの買掛金など)が3,000万円、銀行借入が3,000万円です」
債権者は配られた資料を見ている。弁護士は説明を続ける。
「会社の固定資産は減価償却をしていないだけで、既に耐用年数を超過しています。古い機械ですから売却できません。価値はゼロです。債権者の皆様への返済原資は売上債権と棚卸資産になるわけですが、回収できる売上債権が500万円、棚卸資産が100万円です。つまり、会社の残余財産は600万円とご理解下さい」
説明を聞いていた債権者が「もう少し多く回収できないのか?」と発言した。
「この金額が限界です。会社はコロナ禍の業績不振を隠すために決算を粉飾していました。売上債権のうち50%は回収不能なものが計上されていて、棚卸資産も滞留在庫がほとんどで価値がありません」
債権者の一人は不満に思ったようで挙手した。司会者はその債権者にマイクを渡す。
「生命保険には入ってないのか? 自殺したら金払えるだろ!」
「全て解約済みです。解約返戻金は債権者の皆様への支払に充てております」
「社長の個人資産はないのか? 自宅売って金払えよ!」
「鈴木社長は既に自宅も売却しております。債権者の皆様への支払に充てました」
「車は? お前なんか自転車で十分なんだよ!」
「ありません」
債権者は鈴木さんから回収できそうな金目のものを期待していたようだ。しかし、鈴木さんは個人資産を売却して、取引先への支払と銀行への返済をしていた。
債権者から追加の質問がないようだから、弁護士は説明を続ける。
「返済原資600万円に対して負債6,000万円ですから、債権者の皆様には返済率を10%としてお支払いしたいと考えております」
続いて、鈴木さんが「大変申し訳御座いませんでした!」と頭を下げた。
会場がざわつく。
「少ねーよ!」
「こっちも倒産するじゃねーか!」
そのころ、債権者集会にいた銀行の担当者はニヤニヤしながら笑っていた。
**
垓のダイジェスト映像を見ながら、「あー、銀行はゼロゼロ融資以外を回収したから貸倒れても痛くないんだな」と言う僕に対して、茜は「だから、こうなるだろ」とイライラしている。
ゼロゼロ融資の返済期間が延長された2年間で銀行は貸付金を回収し終わった。結果、ゼロゼロ融資の回収額は貸付金額の10%となり、90%が貸し倒れることになった。
ゼロゼロ融資の返済期間延長は銀行の不良債権比率の低下に役立ったといえる。でも、それ以外には何の影響もなかった。
そういう意味で、このシミュレーションは失敗なのだろう。
「だから、先延ばししたらダメなんだよ」と茜はボソッと言った。
そうだよな……僕は自分の考えが間違っていたことを悟った。
先延ばしは鈴木さんのような不幸な人を増やすだけだ。
さて、次の案を考えるか。
ゼロゼロ融資の返済が2年後に開始され、倒産した会社の前に債権者が殺到している。先ほど垓のダイジェスト映像に出てきた鈴木さんの会社だ。
鈴木さんの会社は製造業、取り立てに来ているのは作業服を着た取引先だ。仕入代金の支払いが滞っていたところに弁護士事務所から支払停止の通知が届いた。支払停止の通知に驚いた取引先が取り立てにやってきたのだ。
「社長さーん、出てきてくださーい!」
「中にいるんでしょ?」
「お金払ってもらえませんかー」
「ドロボー!」
鈴木さんは工場のドアを開けて外に出てきた。
「債権者の皆様への説明会を実施しますので、そこで説明させていただきます」と債権者に申し訳なさそうに謝罪した。
鈴木さんは債権者に揉みくちゃにされながらも「すいません」を繰り返している。
会社に来ている債権者の中にはスーツを着た銀行員はいない。
***
債権者集会が開催された。鈴木さんは会社が倒産に至った経緯を説明する。
「コロナ禍で売上が大幅に減少し、何とか業績を改善すべく鋭意努力してまいりました。当社の業績は少しずつ回復していたものの、コロナ禍で借入れた融資を返済することができず、資金繰りが行き詰まりました」
「すいませんじゃねーよ!」債権者の一人が言ったのを皮切りに、他の債権者も声を荒げる。
「銀行ばっかり返済すんじゃねー!」
「うちにも金払えよー!」
「そうだ、そうだ!」
「銀行ばっかり優遇すんなー!」
「ドロボー!」
鈴木さん困った表情で「銀行ばかり優遇しているわけでは……」と隣に座る弁護士に助けを求めた。
弁護士が債権者集会の司会者に合図すると、司会者は債権者に弁護士を紹介した。
弁護士が壇上に上がった。
挨拶もそこそこに「皆様、まず、こちらをご覧下さい」というと、弁護士は会社の清算についての説明を始めた。
【図表34:会社の決算数値と清算価値】
「まず、会社の資産は売上債権(売掛金など)が1,000万円、棚卸資産1,000万円、固定資産2,000万円です。一方、負債は仕入債務(仕入先からの買掛金など)が3,000万円、銀行借入が3,000万円です」
債権者は配られた資料を見ている。弁護士は説明を続ける。
「会社の固定資産は減価償却をしていないだけで、既に耐用年数を超過しています。古い機械ですから売却できません。価値はゼロです。債権者の皆様への返済原資は売上債権と棚卸資産になるわけですが、回収できる売上債権が500万円、棚卸資産が100万円です。つまり、会社の残余財産は600万円とご理解下さい」
説明を聞いていた債権者が「もう少し多く回収できないのか?」と発言した。
「この金額が限界です。会社はコロナ禍の業績不振を隠すために決算を粉飾していました。売上債権のうち50%は回収不能なものが計上されていて、棚卸資産も滞留在庫がほとんどで価値がありません」
債権者の一人は不満に思ったようで挙手した。司会者はその債権者にマイクを渡す。
「生命保険には入ってないのか? 自殺したら金払えるだろ!」
「全て解約済みです。解約返戻金は債権者の皆様への支払に充てております」
「社長の個人資産はないのか? 自宅売って金払えよ!」
「鈴木社長は既に自宅も売却しております。債権者の皆様への支払に充てました」
「車は? お前なんか自転車で十分なんだよ!」
「ありません」
債権者は鈴木さんから回収できそうな金目のものを期待していたようだ。しかし、鈴木さんは個人資産を売却して、取引先への支払と銀行への返済をしていた。
債権者から追加の質問がないようだから、弁護士は説明を続ける。
「返済原資600万円に対して負債6,000万円ですから、債権者の皆様には返済率を10%としてお支払いしたいと考えております」
続いて、鈴木さんが「大変申し訳御座いませんでした!」と頭を下げた。
会場がざわつく。
「少ねーよ!」
「こっちも倒産するじゃねーか!」
そのころ、債権者集会にいた銀行の担当者はニヤニヤしながら笑っていた。
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垓のダイジェスト映像を見ながら、「あー、銀行はゼロゼロ融資以外を回収したから貸倒れても痛くないんだな」と言う僕に対して、茜は「だから、こうなるだろ」とイライラしている。
ゼロゼロ融資の返済期間が延長された2年間で銀行は貸付金を回収し終わった。結果、ゼロゼロ融資の回収額は貸付金額の10%となり、90%が貸し倒れることになった。
ゼロゼロ融資の返済期間延長は銀行の不良債権比率の低下に役立ったといえる。でも、それ以外には何の影響もなかった。
そういう意味で、このシミュレーションは失敗なのだろう。
「だから、先延ばししたらダメなんだよ」と茜はボソッと言った。
そうだよな……僕は自分の考えが間違っていたことを悟った。
先延ばしは鈴木さんのような不幸な人を増やすだけだ。
さて、次の案を考えるか。