第4話 事業承継とその後(その3)
文字数 2,559文字
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
垓のシミュレーション映像は別のシーンに切り替わった。
場所は佐藤さんの会社の社長室だが、少し応接セットが豪華になっているような気がする。
きっと、五反田キャピタルからの出資で資金的な余裕ができたから、応接セットを買い替えたのだろう。
「はじめまして、浜松町キャピタルの鈴木です」と男は言って佐藤さんに名刺を渡した。
また、ベンチャーキャピタルが佐藤さんの会社を訪問している。
要件は会社への出資についてだろうが、佐藤さんは鈴木に確認する。
「今日はどのような件でしょうか?」
「五反田キャピタルからの出資を受けたと聞きました」
「もうご存じなんですか?」
「まぁ、狭い業界ですから……どこからでも情報が入ってきます」
「へー、そうなんですね」
「それで、単刀直入にお話します。当社にも出資させていただけないでしょうか?」
新製品の開発資金は五反田キャピタルからの出資で賄えるし、佐藤さんの会社は直ぐに出資が必要ない。それに、五反田キャピタルから出資を受けたのは2週間前のことだ。
佐藤さんには、こんな短期間でやってきた浜松町キャピタルの意図が分からない。
「御社もですか?」
「ええ。五反田キャピタルは業界ではリードインベスターとして知られているのはご存じですか?」
「リードインベスターですか?」
「リードインベスターはベンチャー企業の資金調達で中心的な役割を担うベンチャーキャピタルのことです」
「はぁ」
「五反田キャピタルが投資している会社は上場する可能性が高いです。それで……五反田キャピタルの投資案件であれば、ぜひ当社にも出資させて下さい!」
浜松町キャピタルの鈴木は、会社の技術や製品に興味を持ったわけではなく、五反田キャピタルが出資しているから出資したいと言っている。
佐藤さんは困惑しているようだ。
「五反田キャピタルが出資したから、御社も興味を持ったと?」
「そうです。お恥ずかしい話ですが、当社は弱小ベンチャーキャピタルです。なので、大手のベンチャーキャピタルの投資先に乗っかって投資します。当社みたいなのを『コバンザメインベスター』といいますね」
「コバンザメ……」
「大きいクジラにくっ付いてるコバンザメです。ハイエナでもいいですよ」
「ハイエナ……」
「というわけで、決算書などを見せていただければ、当社からも出資条件を提案させていただきます」
今回も、佐藤さんは浜松町キャピタルの鈴木の提案に乗った。特に資金需要があるわけではないが、どれくらいの時価総額になるか興味があったからだ。
浜松町キャピタルの鈴木は佐藤さんから決算書などの資料を受取って帰っていった。
**
1週間後、浜松町キャピタルの鈴木が佐藤さんの会社にやってきた。
「御社の時価総額を200億円と算定しました。発行済株式総数の3%を6億円で発行していただけませんか?」
「時価総額200億円ですか……」
佐藤さんは短期間に株価が2倍になったことに戸惑っている。
佐藤さんは最終的に浜松町キャピタルから6億円で発行済株式総数の3%の出資を受け入れることにした。
**
「スゲー、200億円だってさー」と茜が垓のダイジェスト映像に話しかけている。
まるで、テレビに話しかけるおばあちゃんのようだ。
五反田キャピタルから出資を受けて3週間で株価が2倍になった。
この流れはどこまで続くのだろうか?
そう思いながら、僕はダイジェスト映像の続きを見た。
**
垓のダイジェスト映像は別のシーンに切り替わった。
佐藤さんの工場は新しい建物になっていた。佐藤さんは浜松町キャピタルからの出資を工場の改装に充てたようだ。
ダイジェスト映像は広く豪華になった社長室を映し出した。
会議室には10人を超える男性が座って議論をしている。そのうちの3人は、僕が垓のダイジェスト映像で見たことがある五反田キャピタルの山田と渡辺、浜松町キャピタルの鈴木だ。出資者が集まる会議というと……株主総会だろうか。
「佐藤社長、そろそろ上場してもらわないと困るんですよ。当社との投資契約書には買戻条項がありますから、上場しなかったら佐藤社長に買戻ししてもらわないといけませんよ」
「それはそうなんですが……」
※ベンチャーキャピタルとの投資契約において、ベンチャー企業の上場が不可能になった場合に、その企業もしくは経営者が株式を買い戻す義務を負う旨の条約を定めるのが一般的です。
ディー・エヌ・エー(DeNA)が出資するデライト・ベンチャーズは、投資契約方針で出資するスタートアップに「上場努力義務を課さない」と明確化することを公表しました。このようなケースは一般的ではなく、通常は上場努力義務が課されます。
「上場するか、買戻しするか……どちらかに決めて下さい!」と他の参加者も言う。
この男性もベンチャーキャピタルの人間だろう。
五反田キャピタルと浜松町キャピタル以外からも出資を受けているのだから、佐藤さんの会社はミドルステージかレイターステージくらいか。
頑張れば上場できそうなステージだから、あとは上場準備をするだけだ。
佐藤さんは出資者からのプレッシャーに悩んでいるように見える。
その後、議論は続いたものの、最終的に佐藤さんは「2年以内に上場するように努力します!」と参加者に伝えて会議は終了した。
垓のダイジェスト映像はそこまでだった。
***
「ベンチャーあるあるだなー」と茜は言う。
「佐藤さんは上場できたのかな?」と僕は茜に聞いてみた。
「どうだろうな? できなかったんじゃねー?」
「僕は上場できた方に賭けるよ」
上場できるかどうかはともかく、事業承継によって、佐藤さんは希望通りに自分の会社を経営することができた。その意味では事業承継は成功したと言える。
その後の展開は事業承継した新しい経営者次第、ということだ。
「上場できるかはともかく、事業承継は上手くいったみたいですし、この案を政府に提案しませんか?」と僕は新居室長に言った。
「そうね。事業承継対策にはなるわね」と新居室長も同意した。
この案はさすがに政府も拒否しないだろう。
日本の事業承継が上手くいけばいいな……僕はそう思った。
<第7章おわり>
垓のシミュレーション映像は別のシーンに切り替わった。
場所は佐藤さんの会社の社長室だが、少し応接セットが豪華になっているような気がする。
きっと、五反田キャピタルからの出資で資金的な余裕ができたから、応接セットを買い替えたのだろう。
「はじめまして、浜松町キャピタルの鈴木です」と男は言って佐藤さんに名刺を渡した。
また、ベンチャーキャピタルが佐藤さんの会社を訪問している。
要件は会社への出資についてだろうが、佐藤さんは鈴木に確認する。
「今日はどのような件でしょうか?」
「五反田キャピタルからの出資を受けたと聞きました」
「もうご存じなんですか?」
「まぁ、狭い業界ですから……どこからでも情報が入ってきます」
「へー、そうなんですね」
「それで、単刀直入にお話します。当社にも出資させていただけないでしょうか?」
新製品の開発資金は五反田キャピタルからの出資で賄えるし、佐藤さんの会社は直ぐに出資が必要ない。それに、五反田キャピタルから出資を受けたのは2週間前のことだ。
佐藤さんには、こんな短期間でやってきた浜松町キャピタルの意図が分からない。
「御社もですか?」
「ええ。五反田キャピタルは業界ではリードインベスターとして知られているのはご存じですか?」
「リードインベスターですか?」
「リードインベスターはベンチャー企業の資金調達で中心的な役割を担うベンチャーキャピタルのことです」
「はぁ」
「五反田キャピタルが投資している会社は上場する可能性が高いです。それで……五反田キャピタルの投資案件であれば、ぜひ当社にも出資させて下さい!」
浜松町キャピタルの鈴木は、会社の技術や製品に興味を持ったわけではなく、五反田キャピタルが出資しているから出資したいと言っている。
佐藤さんは困惑しているようだ。
「五反田キャピタルが出資したから、御社も興味を持ったと?」
「そうです。お恥ずかしい話ですが、当社は弱小ベンチャーキャピタルです。なので、大手のベンチャーキャピタルの投資先に乗っかって投資します。当社みたいなのを『コバンザメインベスター』といいますね」
「コバンザメ……」
「大きいクジラにくっ付いてるコバンザメです。ハイエナでもいいですよ」
「ハイエナ……」
「というわけで、決算書などを見せていただければ、当社からも出資条件を提案させていただきます」
今回も、佐藤さんは浜松町キャピタルの鈴木の提案に乗った。特に資金需要があるわけではないが、どれくらいの時価総額になるか興味があったからだ。
浜松町キャピタルの鈴木は佐藤さんから決算書などの資料を受取って帰っていった。
**
1週間後、浜松町キャピタルの鈴木が佐藤さんの会社にやってきた。
「御社の時価総額を200億円と算定しました。発行済株式総数の3%を6億円で発行していただけませんか?」
「時価総額200億円ですか……」
佐藤さんは短期間に株価が2倍になったことに戸惑っている。
佐藤さんは最終的に浜松町キャピタルから6億円で発行済株式総数の3%の出資を受け入れることにした。
**
「スゲー、200億円だってさー」と茜が垓のダイジェスト映像に話しかけている。
まるで、テレビに話しかけるおばあちゃんのようだ。
五反田キャピタルから出資を受けて3週間で株価が2倍になった。
この流れはどこまで続くのだろうか?
そう思いながら、僕はダイジェスト映像の続きを見た。
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垓のダイジェスト映像は別のシーンに切り替わった。
佐藤さんの工場は新しい建物になっていた。佐藤さんは浜松町キャピタルからの出資を工場の改装に充てたようだ。
ダイジェスト映像は広く豪華になった社長室を映し出した。
会議室には10人を超える男性が座って議論をしている。そのうちの3人は、僕が垓のダイジェスト映像で見たことがある五反田キャピタルの山田と渡辺、浜松町キャピタルの鈴木だ。出資者が集まる会議というと……株主総会だろうか。
「佐藤社長、そろそろ上場してもらわないと困るんですよ。当社との投資契約書には買戻条項がありますから、上場しなかったら佐藤社長に買戻ししてもらわないといけませんよ」
「それはそうなんですが……」
※ベンチャーキャピタルとの投資契約において、ベンチャー企業の上場が不可能になった場合に、その企業もしくは経営者が株式を買い戻す義務を負う旨の条約を定めるのが一般的です。
ディー・エヌ・エー(DeNA)が出資するデライト・ベンチャーズは、投資契約方針で出資するスタートアップに「上場努力義務を課さない」と明確化することを公表しました。このようなケースは一般的ではなく、通常は上場努力義務が課されます。
「上場するか、買戻しするか……どちらかに決めて下さい!」と他の参加者も言う。
この男性もベンチャーキャピタルの人間だろう。
五反田キャピタルと浜松町キャピタル以外からも出資を受けているのだから、佐藤さんの会社はミドルステージかレイターステージくらいか。
頑張れば上場できそうなステージだから、あとは上場準備をするだけだ。
佐藤さんは出資者からのプレッシャーに悩んでいるように見える。
その後、議論は続いたものの、最終的に佐藤さんは「2年以内に上場するように努力します!」と参加者に伝えて会議は終了した。
垓のダイジェスト映像はそこまでだった。
***
「ベンチャーあるあるだなー」と茜は言う。
「佐藤さんは上場できたのかな?」と僕は茜に聞いてみた。
「どうだろうな? できなかったんじゃねー?」
「僕は上場できた方に賭けるよ」
上場できるかどうかはともかく、事業承継によって、佐藤さんは希望通りに自分の会社を経営することができた。その意味では事業承継は成功したと言える。
その後の展開は事業承継した新しい経営者次第、ということだ。
「上場できるかはともかく、事業承継は上手くいったみたいですし、この案を政府に提案しませんか?」と僕は新居室長に言った。
「そうね。事業承継対策にはなるわね」と新居室長も同意した。
この案はさすがに政府も拒否しないだろう。
日本の事業承継が上手くいけばいいな……僕はそう思った。
<第7章おわり>