第6話 MBOで非公開化しろ!(その2)

文字数 2,443文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 自信満々に「絶対損しない」と言った茜。「なんで損しないって言いきれるの?」と僕は尋ねた。

「MBOの対象をEV(Enterprise Value)がマイナスの先だけにすればいいんだよ」

※EV(Enterprise Value)とは企業の事業価値を意味します。計算は下記のようにします。
EV=株式価値+有利子負債(借入金)―現預金―非事業性資産

 念のために説明すると、EV(事業価値)は企業が事業から生み出す価値だ。だから一般的な企業はプラスになる。図表73の左側のようなイメージだ。

 しかし、株価が低迷している上場会社の中にはEVがマイナスのケースがある。現預金や事業に関係のない保有資産の処分価額よりも株式価値が低いケースだ(図表73の右側)。
 これは純資産がプラスであるという意味ではなく、換金性の高い資産の金額よりも株式時価総額が低いという意味だ。この会社を買収して換金性の高い資産を売却すれば、確実に投資額(買収金額)を上回るため儲かる。

 このような状態にあるのは投資家に見向きもされていない上場企業だ。黒字の会社でもEVがマイナスはあり得る。EVがマイナスの上場企業は、株式価値が極端に過小評価されていることを表している。

【図表73:EVの比較】

 

 茜の計画では買収と同時に資金回収できる企業だけをMBOの対象とする。絶対に儲かるのだが、果たして株主が売却に応じるのかは不明だ。

「EVがマイナスだったら儲かりそうだね。でも、明らかに割安だから株主は株式を売るのかな?」
「市場株価にプレミアムを付けておけば売ると思うよ。株主はさっさと利益を出した方がいいだろうし、こういう上場企業は待っていても株価が上がらないんだよ」

 株式価値が過小評価されている上場企業の株価はなかなか上がらない。好業績であっても投資家が株式を買わないからだ。
 株主が本当に株式を売却するかは分からないものの、投資方法として悪くないと僕は思った。
 それに、もしMBOに失敗したとしても、MBOの可能性がある上場企業の株式を投資家が買い漁るだろうから株価は上がりそうな気がする。

「新居室長、この案を試してみますか?」と僕は尋ねる。

「そうね。いいわよ」と新居室長は言った。

 僕と茜はスーパーコンピューター垓に、政府系ファンドを設立してEVがマイナス又は極端に低い上場会社に対してMBOを提案していくことをインプットした。
 なお、EVがマイナスの企業だけでは件数が不十分かもしれない。EV/EBITDA倍率が5倍以下の上場企業も対象とすることとした。

※EBITDAは償却前税引前利益です。簡便的に計算するには、営業利益+償却費とします。

 垓のシミュレーションは10分で終了した。
 僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。

 ***

 政府からの指示により、ある政府系ファンドにおいて上場企業を対象としたMBOチームが立ち上がった。メンバーはあるPEファンドからチームごとヘッドハンティングしたようだ。
 政府系ファンドに立ち上がったMBOチームは買収対象となる上場企業をピックアップして、次々と経営者にMBOを提案していった。

 株価が低迷する上場会社の経営者は、そろってMBOについて興味を持った。
 過去にMBOを民間のPEファンドに提案された上場会社も多かったようだ。ただ、MBOにおいては民間のPEファンドが資金の大半を拠出することから、経営者は買収後に企業から追い出されるのではないかと不安に思っていたようだ。
 今回は政府系ファンドからの提案であるため、買収後に企業から追い出されることはないと思ったのだろう。政府系ファンドから提案された上場企業の経営者はMBOを実行することを前向きに検討した。

 **

 念のためにMBOについて説明しておこう。
 MBOのスキームは図表74~75だ。
 大まかに言うと、買収用の会社(SPC)を設立して銀行から資金調達し、対象会社を買収する。対象会社を買収した後、SPCと対象会社を合併させる。これがMBOの代表的なスキームだ。

【図表74:MBOのスキーム<合併まで>】



①A社を買収する投資家(経営者+政府系ファンド)が、買収用会社(SPC)を設立する。
②株式買取資金を金融機関から調達する。
③A社の既存株主から、株式を100%買取る。
④概ね100%購入後、SPCとA社を合併させる。

【図表75:MBOのスキーム<合併後>】

 
⑤合併後A社の資産・収益等から金融機関からの融資を返済する。

 上記の①~⑤がMBOの一連の流れだ。なぜ、このようなMBOが一般的に利用されるかについては、下記の3つが理由だ。

a)投資家は買収対象会社(A社)の資産・キャッシュフローを担保に金融機関から買収資金の調達が出来る。
b)仮にA社が倒産した場合でも株式価値がゼロになるだけで、融資の返済が投資家(経営陣+政府系ファンド)に遡及されることがない(ノンリコース・ローン)。
c)金庫株を活用した場合に生じる債務超過の問題をクリアできる。

 aは買収用の会社(SPC)には事業(信用)がないため銀行が融資できない。買収対象会社のA社の事業(信用)を利用して資金調達する。別の言い方をすれば、SPCで調達した借入をA社に押し付けるスキームがMBOだ。

 bは借入人がSPCまたは買収対象会社(A社)であるため、投資家(株主)には借入金の返済義務はない。

 cは会計上のテクニカルな論点だ。SPCとA社が合併せず、A社からの配当金の支払いを借入金の返済原資にするとA社は債務超過になる。SPCとA社が合併すれば、その問題を回避できる。新A社が直接の債務者になるからだ。

 MBOの対象として適しているのは、余剰資産が潤沢にある企業、キャッシュフローが安定的に出る企業だ。

<その3に続く>
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