第5話 年金の支払い期間を延長しよう!(その1)

文字数 2,100文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 ワークシェアリング法という限りなく黒に近いグレーな労働法で失敗した僕たち。
 次の案を考えなければならない。

 ワークシェアリング法は副業を強制したために、労働者不足の業界でブラックな職場環境が形成されてしまった。ただ、方向性は間違っていないと僕は思う。

 一人当たりの労働時間を増やせば日本のGDPを増やすことができる。
 問題の無い方法で労働時間を増やせばいい。方法は他にもあるはずだ。
 考えてはみたものの……いい案が浮かんでこない。

「何かいい案ないかな?」と僕が言ったら、「あるよ!」と茜は即座に答えた。
 茜のアイデアはすごいと思う。でも、問題は多い。

「副業じゃないよね?」僕は念のために茜に確認する。

「違う違う。もっと根本的な解決策だ!」
「へー、どういうの?」
「働いていない人を働かせたらいいんだよ」
「働いてない人って誰のこと?」
「高齢者。定年退職したけど、まだまだ元気な高齢者は多い」
「そうだね。元気だからアクティブ・シニアって呼ばれているね」

 茜の考えているのはシニア人材の活用のようだ。
 すでにシルバー人材センターなどで高齢者の活用は進んでいるとは思うのだが、別の方法があるのだろうか? 僕は茜のイメージする高齢者活用法を確認することにする。

「僕の予想では、元気なシニア人材は働いていると思うんだ。これ以上数を増やせるの?」
「まだまだ、全然増やせる! 今の定年は65歳だ。これを70歳に引き上げようと政府は考えている」
「そうだね。70歳は現役と変わらないくらい元気だね」
「私に言わせれば、70歳なんてひよっこだ!」

 ――お前、幾つだよ?
 僕はそう言いたいのをグッとこらえて話を進めることにする。茜は脱線すると話が長くなるから。

「へー、茜は何歳まで働けると思ってる?」
「80歳までは働けるなー」
「80歳か……80歳でも元気な人は多いね」
「それに、65歳で仕事を辞めるから認知症が発症しやすくなるんだよ。健康寿命を引き上げるためにも、高齢者が働くことはいいことだ」
「たしかに……」

 認知症の高齢者が減れば医療費の削減にも貢献しそうだ。本当に高齢者が80歳まで働けるかは置いておいて、茜の案には今のところ違和感はない。

 茜は話を続ける。

「だから、仕事を辞める年齢を強制的に引き上げればいいんだ」
「強制的に?」
「例えばさ、今は60歳まで年金の保険料を支払わないといけない。もし、年金保険料を80歳まで支払うように変更したとする。そうすると、年金保険料を支払うために80歳まで働こうと思うはずだ」

 茜は自信たっぷりに言った。

 国民年金は20歳から60歳になるまで保険料を支払う。厚生年金は、国民年金より長く最長で70歳まで保険料を支払う。年金の受給時期は原則として65歳からだ。
※図表59-2のようなイメージです。

【図表59-2:年金保険料の支払いと受取り時期】

 
※厚生年金は最長で70歳まで支払いがあります。この図では65歳まで支払うものとしています。

 僕は茜の説明に違和感を持った。

 だって、これは年金支給額を抑えるための手法じゃないのだろうか?
 そうであれば、年金を受取る年齢を引き上げればいい。支払いする期間を延長する必要はない。
 疑問に思った僕は茜に確認する。

「これって、年金を受取る年齢(支給年齢)を引き上げればいいだけじゃないの?」

【図表59-3:志賀のイメージ】

 

「それは全然違うよ。君はまだまだ甘いな、ワトソン君」
「ワトソン君じゃないけど」
「じゃあ、アンダーソン君がいいか?」

 茜は僕をバカにするような目で見ている。ワトソン君でもアンダーソン君でもいいから、話を進めてほしい。

「ワトソンでいいよ。そうじゃなくって……年金保険料の支払を80歳までに引き上げるのはどういう狙いがあるんだよ?」
「あぁ、そっちね。今のところ、年金の支払いは国民年金の場合は60歳までだ。そして、65歳から年金を受け取ることができる」
「そうだね」
「65歳から年金を受け取ることができるから、65歳になったら仕事を完全に辞めてしまう人もいる。そうだよね?」
「そうだと思う。定年が65歳なのも大きいと思うけど」

「でも、80歳まで年金保険料の支払いするようになったら、定年後も働く人が増えると思わない?」
「それは増えるだろうけど……支払額が増えたら実質的に年金が減額されているのと同じだ。そうしたら、年金が減額された高齢者から苦情が出るし、支持率も下がると思うんだけど」

 茜は僕が何を考えているのか、やっと理解したようだ。

「ワトソン君、ちょっと誤解しているようだね。ワトソン君は私の話をこうだと思ってないか?」

 茜はそういうと、ホワイトボードに図(図表59-3-2)を書いた。

【図表59-3-2:志賀のイメージ】

 


 ホワイトボードには僕のイメージする年金の受取りスケジュールが書いてあった。

「そうだけど……違うの?」
「全然違う!」

 茜は僕をバカにしたような目で見ている。

 普通はそう思うはず……だよね。

<その2に続く>
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