第6話 扶養制度を廃止しよう!(その2)
文字数 2,297文字
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
予想した通り、扶養制度の廃止は世間を騒がせた。
ニュース番組や討論番組では、戦後の日本の家族制度を維持したいと考えるグループと改革を望むグループによる議論が日々繰り広げられた。「実質的な増税だ!」とデモも多く起こった。それだけインパクトの大きな改正だといえる。
国会での議論は与野党の意見がかみ合わず紛糾したものの、与党が強引に押し切る形で扶養制度の廃止は承認された。そして、扶養制度が廃止されたことによって年収の壁が完全に撤廃された。
扶養から外れたのは、大学生、専業主婦などだ。どちらも全く収入がなかったわけではなく、アルバイトやパートでの収入はあった。だから、年収の壁が撤廃されたことによって、改正前のように年収を調整する必要がなくなり収入は増加した。
日本の専業主婦世帯は約530万世帯だ。専業主婦世帯の被扶養者(専業主婦)の収入は年間100万円程度であったのだが、労働時間の制限が無くなって収入は年間150万円に増加した。このGDP増加額は2.6兆円だった。
大学生は講義に出席する必要があるから労働時間は限られている。だから、大学生の収入は当初想定していたよりも増えなかった。
しかし、予想外の伏兵が現れた。かつてニートと呼ばれていた人たちだ。
ニートとは15歳から34歳までの家事・通学・就業をせず、職業訓練も受けていない者をいう。基本的には若者を指す言葉だ。オジサンは含まれない。
ニートは比較的裕福な家庭に多かった。親に収入があった頃は生活の心配をしなくて良かったのだが、親が高齢化して将来不安を感じるニートが増加していた。いわゆる80・50問題である。
50歳の元ニートを80歳の両親が養う構造なので、元ニートは親の収入をあてにできないことは分かっている。扶養制度の廃止は元ニートたちの危機感を煽り、その背中を押したのだ。
・いつまでも無職ではいけないと思う焦燥感や罪悪感
・親が死んで世帯収入がゼロになる不安
・扶養を外れたことによる危機感
これらが合わさって、元ニートの就業を後押しするようになったのだ。
ちなみに、2019年に実施された内閣府の調査では、40代以上のひきこもりのうち正社員として働いた経験のある割合は70%を超えていた。つまり、元々ニートではないから働くきっかけさえあればいいのだ。
日本にはニートを含めた完全失業者が193万人いる。
扶養制度の廃止によって、完全失業者の10%が就業するようになった。これらの元完全失業者の年収は高くはないものの平均200万円の収入を得るようになる。
19.3万人の所得が200万円増えたのだから、日本のGDPに及ぼす影響は3,860億円だ。
専業主婦と元ニートの活躍によって日本のGDPは約3兆円増加し、一人当たりGDPは24,000円増加した。内訳は以下の通りだ。
・年収の壁撤廃による専業主婦の収入増=専業主婦世帯530万世帯×50万円÷1億2,600人=約21,000円
・ニートの就労による収入増=就業者19.3万人×200万円÷1億2,600人=約3,000円
決して日本全体に与えるインパクトは大きくないが、社会全体としてはいい傾向だと僕は思った。
**
垓のダイジェスト映像はインタビューを映し出した。
レポーターが中年男性に質問している。
「鈴木さんは元ニートとのことですが、働いてみてどうでしたか?」
鈴木と呼ばれた元ニートの男性は恥ずかしそうに答えた。
「いやー、想像した以上に普通でしたね」
「そうですか。ちなみに、今はどういったお仕事を?」とレポーターは鈴木さんに仕事内容を尋ねた。
「僕の会社はエゴサーチやネット上の風評被害に対応しています。虚偽の情報を拡散しているアカウントを特定して、対応するんです」
「大変そうですね。気の遠くなるような作業ではないですか?」
「まぁ、時間は掛かりますね。でも、どういう風に偽情報が拡散しているかが分かれば、対応はできます」
レポーターは驚いている。元ニートだから大した知識もないと思っていたのだろう。鈴木さんのことを侮っていたようだ。
「へー、偽情報の拡散方法ですか?」
「えぇ、僕はフェイクニュースがどうやって広がるかを経験で知っています」
「そういう経験があったのですか?」
「まぁ、そうですね。僕はニートの時、書き込む側だったんで……」
「書き込む側ですか?」
「調子いいことばっかり言ってる奴がたくさんいるでしょ。あの時は懲らしめてやろうと思ってたんです。変な正義感というか……」
鈴木さんはネットに誹謗中傷を書き込んでいたことを暴露する。
レポーターはコンプラ的にこれ以上聞いてもいいものか迷いが見える。
しかし、これも仕事だ。レポーターは戸惑いながらも質問を続けた。
「鈴木さんはネットに書きこんでいたわけですね?」
「そうですね。悪を成敗するためには必要だと信じていました」
「今でも、鈴木さんの書き込みは正しいことだったと思いますか?」
鈴木さんは少し考えてから言った。
「そうですね、正しいと思っています。火のないところに煙は立たないですから」
「へー、そういうものですか」
「ディープフェイク動画とかは別ですよ。あれは完全に偽情報ですから悪です!」
「鈴木さんは会社に就職されました。今は当時とは逆の立場でネットに対峙しています。鈴木さんはどちらの立場がいいと思いますか?」
レポーターは鈴木さんに「今の方がいい」と言ってほしそうに見えた。
でも、そうはならなかった。
<その3に続く>
予想した通り、扶養制度の廃止は世間を騒がせた。
ニュース番組や討論番組では、戦後の日本の家族制度を維持したいと考えるグループと改革を望むグループによる議論が日々繰り広げられた。「実質的な増税だ!」とデモも多く起こった。それだけインパクトの大きな改正だといえる。
国会での議論は与野党の意見がかみ合わず紛糾したものの、与党が強引に押し切る形で扶養制度の廃止は承認された。そして、扶養制度が廃止されたことによって年収の壁が完全に撤廃された。
扶養から外れたのは、大学生、専業主婦などだ。どちらも全く収入がなかったわけではなく、アルバイトやパートでの収入はあった。だから、年収の壁が撤廃されたことによって、改正前のように年収を調整する必要がなくなり収入は増加した。
日本の専業主婦世帯は約530万世帯だ。専業主婦世帯の被扶養者(専業主婦)の収入は年間100万円程度であったのだが、労働時間の制限が無くなって収入は年間150万円に増加した。このGDP増加額は2.6兆円だった。
大学生は講義に出席する必要があるから労働時間は限られている。だから、大学生の収入は当初想定していたよりも増えなかった。
しかし、予想外の伏兵が現れた。かつてニートと呼ばれていた人たちだ。
ニートとは15歳から34歳までの家事・通学・就業をせず、職業訓練も受けていない者をいう。基本的には若者を指す言葉だ。オジサンは含まれない。
ニートは比較的裕福な家庭に多かった。親に収入があった頃は生活の心配をしなくて良かったのだが、親が高齢化して将来不安を感じるニートが増加していた。いわゆる80・50問題である。
50歳の元ニートを80歳の両親が養う構造なので、元ニートは親の収入をあてにできないことは分かっている。扶養制度の廃止は元ニートたちの危機感を煽り、その背中を押したのだ。
・いつまでも無職ではいけないと思う焦燥感や罪悪感
・親が死んで世帯収入がゼロになる不安
・扶養を外れたことによる危機感
これらが合わさって、元ニートの就業を後押しするようになったのだ。
ちなみに、2019年に実施された内閣府の調査では、40代以上のひきこもりのうち正社員として働いた経験のある割合は70%を超えていた。つまり、元々ニートではないから働くきっかけさえあればいいのだ。
日本にはニートを含めた完全失業者が193万人いる。
扶養制度の廃止によって、完全失業者の10%が就業するようになった。これらの元完全失業者の年収は高くはないものの平均200万円の収入を得るようになる。
19.3万人の所得が200万円増えたのだから、日本のGDPに及ぼす影響は3,860億円だ。
専業主婦と元ニートの活躍によって日本のGDPは約3兆円増加し、一人当たりGDPは24,000円増加した。内訳は以下の通りだ。
・年収の壁撤廃による専業主婦の収入増=専業主婦世帯530万世帯×50万円÷1億2,600人=約21,000円
・ニートの就労による収入増=就業者19.3万人×200万円÷1億2,600人=約3,000円
決して日本全体に与えるインパクトは大きくないが、社会全体としてはいい傾向だと僕は思った。
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垓のダイジェスト映像はインタビューを映し出した。
レポーターが中年男性に質問している。
「鈴木さんは元ニートとのことですが、働いてみてどうでしたか?」
鈴木と呼ばれた元ニートの男性は恥ずかしそうに答えた。
「いやー、想像した以上に普通でしたね」
「そうですか。ちなみに、今はどういったお仕事を?」とレポーターは鈴木さんに仕事内容を尋ねた。
「僕の会社はエゴサーチやネット上の風評被害に対応しています。虚偽の情報を拡散しているアカウントを特定して、対応するんです」
「大変そうですね。気の遠くなるような作業ではないですか?」
「まぁ、時間は掛かりますね。でも、どういう風に偽情報が拡散しているかが分かれば、対応はできます」
レポーターは驚いている。元ニートだから大した知識もないと思っていたのだろう。鈴木さんのことを侮っていたようだ。
「へー、偽情報の拡散方法ですか?」
「えぇ、僕はフェイクニュースがどうやって広がるかを経験で知っています」
「そういう経験があったのですか?」
「まぁ、そうですね。僕はニートの時、書き込む側だったんで……」
「書き込む側ですか?」
「調子いいことばっかり言ってる奴がたくさんいるでしょ。あの時は懲らしめてやろうと思ってたんです。変な正義感というか……」
鈴木さんはネットに誹謗中傷を書き込んでいたことを暴露する。
レポーターはコンプラ的にこれ以上聞いてもいいものか迷いが見える。
しかし、これも仕事だ。レポーターは戸惑いながらも質問を続けた。
「鈴木さんはネットに書きこんでいたわけですね?」
「そうですね。悪を成敗するためには必要だと信じていました」
「今でも、鈴木さんの書き込みは正しいことだったと思いますか?」
鈴木さんは少し考えてから言った。
「そうですね、正しいと思っています。火のないところに煙は立たないですから」
「へー、そういうものですか」
「ディープフェイク動画とかは別ですよ。あれは完全に偽情報ですから悪です!」
「鈴木さんは会社に就職されました。今は当時とは逆の立場でネットに対峙しています。鈴木さんはどちらの立場がいいと思いますか?」
レポーターは鈴木さんに「今の方がいい」と言ってほしそうに見えた。
でも、そうはならなかった。
<その3に続く>