第2話 インボイスGメン(その3)

文字数 2,457文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 それまであまり知られていなかったインボイスGメン。佐々木さんのインタビューの放送後、インボイスGメンが高収入の仕事であることが日本中に知れ渡った。
「目指せ年収1億円!」と全国の若者がインボイスGメンに転向した。
 毎日の買い物の間にできるため、高齢者、主婦、妊婦もインボイスGメンをするようになった。会社員の副業としても人気のようだ。

 お昼ご飯に入った飲食店のレシート、買い物したコンビニのレシート、どんなレシートでも国税庁のサイトでチェックする。そんなインボイスGメンが日本中に誕生したのだ。

 こうして、インボイスGメンによる『偽インボイス狩り』が流行となる。

 税務署から報酬1万円を受け取れるのは、最初に無登録事業者を発見したインボイスGメンだけだ。都心の無登録事業者は直ぐに狩りつくされたから、インボイスGメンは競合の少ないエリアに遠征を始めるようになる。

 ただし、田舎はお店の数が少ないからコスパは悪い。しばらくするとX(旧ツイッター)にこんな投稿が増えた。

『片道5時間かけて遠征したのに……先にXに投稿されてた』
『交通費1万円掛けたのに、収穫はゼロでした』
『インボイスGメン、割に合わん……』

 増えすぎたインボイスGメンの競争は熾烈なものになり、稼げないインボイスGメンの怒りは次第に無登録事業者に向かうようになる。そして、無登録事業者のつるし上げが始まった。

『こんな店、潰れてしまえ! #偽インボイス狩り』
『いつまで無登録事業者のつもりだよ? #偽インボイス狩り』
『無登録事業者、死ねー! #偽インボイス狩り』

 既に無登録事業者としてXに投稿されている店舗であっても、インボイスGメンの投稿は止まない。店舗の写真とともにインボイスGメンの怒りのコメントが大量に投稿がされた。

 さらに、無登録事業者の店舗に押入って店主を拘束する、私人逮捕系ユーチューバーの動画も投稿された。再生回数はまずますのようだ。

 ***

 僕たちは垓が作成したダイジェスト映像を見ている。

 次々とインターネット上で炎上していく無登録事業者。悲惨な状況だ。

 しばらく見ていると、垓のダイジェスト映像はインタビューを映し出した。

 レポーターは無登録事業者が運営しているコンビニ店舗前で店主にインタビューしている。

「なぜ、偽のインボイスを発行しているんですか?」
「いやー、話せば長くなるんですが……POSレジに番号を登録するところがあって……何か入力しないといけないと思ったんです」

 店主は申し訳なさそうにレポーターに答える。

「無登録なのにインボイスを発行して悪いと思わないんですか?」
「悪いというよりも、ついうっかりして……間違えました」

「その番号は登録事業者だけが入力していい項目ですよね?」
「そうなんですけど……POSレジに登録した時はそんなこと知らなくて」

「直すつもりはないんですか?」
「直します。直したいんですけど、POSレジの変更は本部しかできなくて……すぐに直せないんです」

 店主は困った表情でレポーターに状況を訴えている。

「本部しか変更できない?」
「うちのコンビニチェーンで使ってるPOSレジの設定は、本部の担当者にしか変更できなくなってるんです。本部に連絡しても、全国の店舗の対応に追われているらしくて全然うちの店に来てくれません。うちの店の対応はいつになることやら……」

「POSレジの変更が終わるまで休業する、という選択もあると思いますが?」
「無茶言わないで下さい! うちも生活があるんです。休業して、どうやって生きていけというんですか?」

「そうでしょうけど、営業を続けたら誹謗中傷が続きますよ。インボイスGメンはしつこいですから。それに、最近は無登録事業者に押し掛けて動画撮影するユーチューバーも出てきています」
「えぇ、知ってます。私人逮捕系ユーチューバーですよね。知り合いのコンビニのオーナーもユーチューバーに拘束されたみたいです」
「それは災難ですね」
「うちのお店にもいつ来るか……毎日ビクビクしています」

 レポーターは店主に提案する。

「〇〇さんに危険が及ばないうちに、インボイスの登録事業者になったらいいんじゃないですか?」
「確かに……それが現実的かもしれません……」

「以上、無登録事業者へのインタビューでした」とレポーターは締めくくった。


 インボイスGメンが全国で活躍した結果、インボイスの登録事業者の数は急激に増加した。
 そして、消費税の税収は5兆円増えたのであった……

 ***

 垓のシミュレーションによれば、インボイスGメンの活躍によって、インボイス制度が浸透し、税収も増えるようだ。倫理的に良いかは分からないが、まずまずの結末なのだろう。

「おー、税収増えてますねー。5兆円ですよ、5兆円!」と僕が騒いでいると、新居室長は渋い顔をしている。

「まぁ、インボイス制度は浸透したみたいね。やり過ぎだとは思うけど」
 新居室長は歯切れが悪そうだ。

 新居室長は迷っているのだろう。
 無登録事業者をつるし上げてインボイス制度を定着させる、そんな暴挙に出て良いのか?

 悩ましいところだ……

「これを提案してみますか?」と僕は新居室長に言った。

「そうだね。一応、提案してみよっか…」
 新居室長は歯切れが悪そうに言った。


 ***

 次の日、インボイスGメンを内閣に提案した新居室長が、国家戦略特別室に戻ってきた。

「どうでした?」僕は胸を躍らせて新居室長に尋ねた。

「ダメだって……」新居室長は小さく言った。

 茜は「ちっ」と舌打ちしている。

 僕たちの提案は却下されたようだ。内心ホッとしているものの僕は理由を尋ねる。

「なぜですか?」
「炎上はダメって……」新居室長は小さく言った。

「え? なんていいました?」
「だから、人権擁護団体からの抗議が世界中からくる!ってさ……」

――まぁ、そうなるよな……

 さて、次考えよう。
 僕たちの仕事は終わらない。
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