第2話 PBR改革(その6)
文字数 2,478文字
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
M銀行からの借入の条件は、自社株買いしたA社株式の担保設定(譲渡担保)、他行からの追加借入禁止の2つだった。
A社のCFOの佐藤さんは、M銀行の鈴木さんから提案されたリキャップを実行することについて取締役会で承認を得た。他の取締役もA社の株価は低すぎると考えていたようで、リキャップについては取締役の全員が賛成した。
A社はM銀行からの借入金25億円を原資として自社株買いを開始した。
A社株式の流動性は高くなかったものの、自社株買いの発表は投資家の興味を惹いた。自社株買いによって流動性は高まり、A社の株価は上昇した。
A社の自社株買いの実施前後における株価の動きは図表67の通りだ。
【図表67:A社の株価の動き】
CFOの佐藤さんの目論見では、A社株式の一株当たり株価の目標は10万円/株だった。が、株価は10万円/株を超えて12万円/株に届きそうな勢いだ。
佐藤さんは行使価格1株=5万円、1,000株相当のストック・オプションを保有している。
株価12万円/株で計算すると7,000万円の利益が出る。
※(株価-行使価格)×株数=(12万円/株-5万円/株)×1,000株=7,000万円
予想以上に儲かった佐藤さんは笑いが止まらない。後は、ストック・オプションを行使して株式処分信託を依頼するだけだ。
気を良くした佐藤さんは田中社長と談笑している。
「社長、M銀行に勧められたリキャップはすごいですね!」
「あー、佐藤さんが取締役会で『株価が5万円から10万円になります!』って言ってたやつだよね」
「そうです。もう10万円超えましたよ!」
「だよなー。俺も儲かったしなー」
「社長はA社株を1万株保有してますから……時価評価額が5億円から10億に倍増ですよね?」
「佐藤さんって、そうやって人のこと計算するの大好きだよな?」
「そんなことないですよー。儲かったんなら、何か奢ってくださいよ!」
「えー、やだよー。株を持ってても売れねーし」
田中社長はA社の株価が2倍になったことに機嫌を良くしている。ただ、田中社長はインサイダー取引規制を気にしているから売却しない。
田中社長が機嫌良さそうなのを見て、佐藤さんはリキャップしたことが良かったと思った。
社長室を退出した佐藤さんは「そろそろ、次の転職先を探そうかな?」と手に持ったスマホでエージェントに電話を掛けた。
**
その翌週、A社CFOの佐藤さんはM銀行の鈴木さんと面談している。株式処分信託の打合せをするためだ。
「リキャップの提案、ありがとうございました! 社長の田中も喜んでいました」と佐藤さんはお礼を述べる。
鈴木さんは「いえいえ」と言いながら本題に入る。
「それで、今日は株式処分信託の件ですよね?」と鈴木さんは尋ねる。
「そうです。株価が2倍以上になったから、そろそろ売却して他社に転職しようかなと」と佐藤さんは嬉しそうに答える。
鈴木さんは「売るのはもう少し待った方がいいかもしれません」と言った。
「どういうことですか?」
「リキャップで株価が2倍になりました。PBRは0.5倍から0.67倍に上昇しました。それでも、東証の上場維持基準であるPBR1倍には届きません」
「まぁ、そうですね。株価が2倍になっても自己資本比率(純資産÷総資産)が75%あるからPBRは上がりにくいんですよね」
【図表66-3:リキャップ後の貸借対照表<再掲><単位:億円>】
「そこで、再度当行から提案させていただければと思いまして……」
M銀行の鈴木さんはそこで話を区切った。佐藤さんが興味を持つかどうかを見定めるためだ。
「それは、どういう内容の提案ですか?」
佐藤さんは興味を持ったようだ。
「もう一度リキャップをしてはどうでしょう?」
「もう一回ですか?」
「ええ、そうです。自己株式控除後の発行済株式総数は5万株です。この50%、つまり2万5,000株を1株10万円で自社株買いするんです」
「2万5,000株を1株10万円ということは……25億円の自社株買いですね」
「はい。1株5万円で購入するための資金は当行から25億円融資させていただきました。今回も当行から25億円を融資させていただくとして……リキャップ後はこんな感じですね」
鈴木さんは2回目のリキャップ後のA社の財務・株価情報を示した。
【図表67-2:2回目のリキャップ後の貸借対照表<単位:億円>】
・時価総額:50億円(PBR=1)
・発行済株式数:2.5万株(自己株式除く)
・当期利益:5億円(EPS=20,000円)
・株価:20万円/株
・PER=10倍
無借金だったA社は前回のリキャップでM銀行から25億円を借入れた。M銀行の提案を受けると更に25億円の借入れることになるから、借入金は50億円になる。
CFOの佐藤さんは更に借入金を増やすことに躊躇している。しかし、A社の株価が20万/株になることを聞いて興味を持ったようだ。
もしA社の株価が20万/株になれば、佐藤さんは1億5,000万円儲かる。
※(株価-行使価格)×株数=(20万円/株-5万円/株)×1,000株=1億5,000万円
佐藤さんは借入条件を確認する。
「えーっと、前回は購入した5万株を担保にしていたと思います。今回も2万5,000株を担保にすればいいのでしょうか?」
「合計50億の融資となると当行の大口融資先になります。御社の利益5億円の10倍です。与信枠の関係で、田中社長が保有している1万株も担保に入れていただければと考えています」
「田中の1万株もですか……ちょっと確認します。それで、田中が了承したら25億円の追加融資は問題ありませんか?」
「もちろんです。既に審査部には事前相談していますから問題ありません」
その日の面談は田中社長に保有株式の担保設定を確認することで終わった。
鈴木さんが帰った会議室で佐藤さんは呟いた。
「1億5,000万円か……何買おうかな?」
<その7に続く>
M銀行からの借入の条件は、自社株買いしたA社株式の担保設定(譲渡担保)、他行からの追加借入禁止の2つだった。
A社のCFOの佐藤さんは、M銀行の鈴木さんから提案されたリキャップを実行することについて取締役会で承認を得た。他の取締役もA社の株価は低すぎると考えていたようで、リキャップについては取締役の全員が賛成した。
A社はM銀行からの借入金25億円を原資として自社株買いを開始した。
A社株式の流動性は高くなかったものの、自社株買いの発表は投資家の興味を惹いた。自社株買いによって流動性は高まり、A社の株価は上昇した。
A社の自社株買いの実施前後における株価の動きは図表67の通りだ。
【図表67:A社の株価の動き】
CFOの佐藤さんの目論見では、A社株式の一株当たり株価の目標は10万円/株だった。が、株価は10万円/株を超えて12万円/株に届きそうな勢いだ。
佐藤さんは行使価格1株=5万円、1,000株相当のストック・オプションを保有している。
株価12万円/株で計算すると7,000万円の利益が出る。
※(株価-行使価格)×株数=(12万円/株-5万円/株)×1,000株=7,000万円
予想以上に儲かった佐藤さんは笑いが止まらない。後は、ストック・オプションを行使して株式処分信託を依頼するだけだ。
気を良くした佐藤さんは田中社長と談笑している。
「社長、M銀行に勧められたリキャップはすごいですね!」
「あー、佐藤さんが取締役会で『株価が5万円から10万円になります!』って言ってたやつだよね」
「そうです。もう10万円超えましたよ!」
「だよなー。俺も儲かったしなー」
「社長はA社株を1万株保有してますから……時価評価額が5億円から10億に倍増ですよね?」
「佐藤さんって、そうやって人のこと計算するの大好きだよな?」
「そんなことないですよー。儲かったんなら、何か奢ってくださいよ!」
「えー、やだよー。株を持ってても売れねーし」
田中社長はA社の株価が2倍になったことに機嫌を良くしている。ただ、田中社長はインサイダー取引規制を気にしているから売却しない。
田中社長が機嫌良さそうなのを見て、佐藤さんはリキャップしたことが良かったと思った。
社長室を退出した佐藤さんは「そろそろ、次の転職先を探そうかな?」と手に持ったスマホでエージェントに電話を掛けた。
**
その翌週、A社CFOの佐藤さんはM銀行の鈴木さんと面談している。株式処分信託の打合せをするためだ。
「リキャップの提案、ありがとうございました! 社長の田中も喜んでいました」と佐藤さんはお礼を述べる。
鈴木さんは「いえいえ」と言いながら本題に入る。
「それで、今日は株式処分信託の件ですよね?」と鈴木さんは尋ねる。
「そうです。株価が2倍以上になったから、そろそろ売却して他社に転職しようかなと」と佐藤さんは嬉しそうに答える。
鈴木さんは「売るのはもう少し待った方がいいかもしれません」と言った。
「どういうことですか?」
「リキャップで株価が2倍になりました。PBRは0.5倍から0.67倍に上昇しました。それでも、東証の上場維持基準であるPBR1倍には届きません」
「まぁ、そうですね。株価が2倍になっても自己資本比率(純資産÷総資産)が75%あるからPBRは上がりにくいんですよね」
【図表66-3:リキャップ後の貸借対照表<再掲><単位:億円>】
「そこで、再度当行から提案させていただければと思いまして……」
M銀行の鈴木さんはそこで話を区切った。佐藤さんが興味を持つかどうかを見定めるためだ。
「それは、どういう内容の提案ですか?」
佐藤さんは興味を持ったようだ。
「もう一度リキャップをしてはどうでしょう?」
「もう一回ですか?」
「ええ、そうです。自己株式控除後の発行済株式総数は5万株です。この50%、つまり2万5,000株を1株10万円で自社株買いするんです」
「2万5,000株を1株10万円ということは……25億円の自社株買いですね」
「はい。1株5万円で購入するための資金は当行から25億円融資させていただきました。今回も当行から25億円を融資させていただくとして……リキャップ後はこんな感じですね」
鈴木さんは2回目のリキャップ後のA社の財務・株価情報を示した。
【図表67-2:2回目のリキャップ後の貸借対照表<単位:億円>】
・時価総額:50億円(PBR=1)
・発行済株式数:2.5万株(自己株式除く)
・当期利益:5億円(EPS=20,000円)
・株価:20万円/株
・PER=10倍
無借金だったA社は前回のリキャップでM銀行から25億円を借入れた。M銀行の提案を受けると更に25億円の借入れることになるから、借入金は50億円になる。
CFOの佐藤さんは更に借入金を増やすことに躊躇している。しかし、A社の株価が20万/株になることを聞いて興味を持ったようだ。
もしA社の株価が20万/株になれば、佐藤さんは1億5,000万円儲かる。
※(株価-行使価格)×株数=(20万円/株-5万円/株)×1,000株=1億5,000万円
佐藤さんは借入条件を確認する。
「えーっと、前回は購入した5万株を担保にしていたと思います。今回も2万5,000株を担保にすればいいのでしょうか?」
「合計50億の融資となると当行の大口融資先になります。御社の利益5億円の10倍です。与信枠の関係で、田中社長が保有している1万株も担保に入れていただければと考えています」
「田中の1万株もですか……ちょっと確認します。それで、田中が了承したら25億円の追加融資は問題ありませんか?」
「もちろんです。既に審査部には事前相談していますから問題ありません」
その日の面談は田中社長に保有株式の担保設定を確認することで終わった。
鈴木さんが帰った会議室で佐藤さんは呟いた。
「1億5,000万円か……何買おうかな?」
<その7に続く>