第4話 再エネ事業をしよう(その1)
文字数 2,669文字
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
僕がアイデアを出した公営カジノが大規模な国際犯罪に繋がってしまった。シミュレーションとはいえ、こんな結果になってしまったことに僕は後ろめたさを感じている。
何とか次の案で挽回しないといけない。
まず、民間企業が行っている事業と同じものを始めると民業圧迫と言われる。日本政府としては民間企業と競合する事業は避けたいところだ。
そうすると、日本政府が保有している国有地を活用したものが良さそうだと僕は考えた。
※財務省によれば、2021年度の国有地の面積は876.7万ha、国土の約25%を占めています。
スポーツ施設などの箱ものは回収できないだろうから、国有地を民間事業者に賃貸するのが現実的だ。
僕は新居室長と茜の意見を聞いてみることにした。
「日本政府が事業をするとしても、民業圧迫は避けた方がいいと思うんです。そうすると、国有地を民間事業者に賃貸するのが現実的かと。どう思います?」
「国有地を賃貸ね……スキー場やゴルフ場はこれ以上必要なさそうだし、ホテル用地も足りてそう。林業はダメなの?」と新居室長が言った。
新居室長がアイデアを出すのは珍しい。僕は掘り下げて確認することにした。
「林業ですか?」
「そう。日本の木材は品質が良いのに国内消費量のうち50%以上を輸入材に頼ってる。だから、ウッドショックが発生した時に建築資材が高騰した。日本で木材を生産すれば建築資材の高騰を防げるよね?」
「まあ、そうですね。日本は森林面積がそれなりにあるはずなのに、国内生産量が少ないです。それに、輸出量も増えてはいるようですが、まだまだですよね」
「そうよ。木材の生産量は1980年代の約30%まで落ち込んでいるけど、一番の理由は林業従事者数の減少だと思う。林業従事者の数は1985年の12.6万人から2020年には4.3万人に減っているから」
※林業従事者の数は林野庁『令和4年度 森林・林業白書』を採用しました。
「ところで、ドイツは林業が盛んだって知ってる?」
「ドイツですか? イメージないですね」
「ドイツは林業従事者が120万人以上いるらしい。自動車産業従事者よりも多い」
「へー。ドイツでは林業従事者が人気なんですね」
「森林官という職業があって、人気らしいわよ」
「日本だと木こりのイメージがありますけど、年収は悪くないと聞いたことがあります」
新居室長は少し考えてから僕に言った。
「ねえ、志賀くん。私と木こりにならない?」
「木こりですか?」
「そうよ。木こりは自然の中で健康な生活を送れそうだし、山小屋で休憩しているときにあんな事やこんな事が……キャー」
「また、そっちの話ですか」
どうやら新居室長は真剣に政策提案を考えていないようだ。
それに、国有林を利用した林業への本格参入は民間企業との調整が必要になる。日本政府が林業をするためには時間が掛かりそうだ。
僕は茜の案を聞いてみることにした。
「茜は何かないの?」と僕は尋ねた。
「うーん、再エネかな。太陽光パネルや風車を設置しまくったらいいんじゃない?」
「再エネかー」
「化石燃料を減らしていくのが世界的なトレンドだし、再エネを国営事業でやって一気に電力自給率を上げればいいんじゃないかな」
脱炭素化は世界的なトレンドだし、再エネの比率を増やしていくことは理にかなっている。
日本において太陽光発電はかなり浸透した印象はあるが、風力、バイオエネルギー、地熱などの発電量は相変わらず少ない。
ちなみに、太陽光、風力、バイオエネルギー、地熱、水力の発電施設容量(GW)の2012年から2022年までの推移を示したものが図表37だ。
【図表37:再エネの発電施設容量の推移】
※出所:自然エネルギー財団
水力発電はここ10年間でほとんど変化しておらず、再エネの増加要因のほとんどは太陽光発電だ。
太陽光発電施設はFIT(固定価格買取制度)の実施により一気に広がったが、その後もESG投資を呼び込むための環境対応のために企業が採用して増加している。太陽光パネル、分電盤、パワーコンディショナーなどを設置すれば発電可能なので、他の発電施設を作るコスト・時間を考慮すると太陽光発電施設の方が簡単に設置できるのが理由だ。
「でもさ、太陽光パネルを設置し過ぎると、『景観が悪化する!』って抗議が出てくるよね」
「知ってるよ。あいつら、金は出さないのに、口だけ出してくる」
「そういう言い方は良くないよ……国民の意見は尊重しないと」
「そうだ!」と茜が大声を出した。
「大声出してどうしたの?」
「いやー、いい案を思い付いた!」
僕は茜の「いい案」に不安を感じる。今までの案は「インボイスGメン」「お役所仕事大作戦」など癖が強い。
茜は「いい案」について説明を始めた。
「まず、『国有林を切り倒して太陽光パネルを設置する』とアナウンスする」
「それで?」
「そのアナウンスには、『対象区域の土地は売却することもできる』と付け加える」
「プロジェクトを中止させたいのであれば、土地を買取れってこと?」
「そうよ! 『口を出すなら、金を出せ!』ってね」
茜の言いたいことは分かる。
でも、プロジェクト候補地を入札で売却すると、価格が極端に低くなったりしないのだろうか?
「国有地を売却する場合は入札だよね。入札価格が低かったらどうするの?」
「自己競落(じこけいらく)すればいいじゃない。最低売却価格を設定しておいて、それより低い価格で売る必要ないでしょ」
※自己競落とは競売申立人が入札して落札することです。
「へー、確かに。いいかもね」
「そうでしょ。室長、この案をシミュレーションしてみませんか?」と茜は言った。
「えー、私は志賀くんと木こりがいいのに」と駄々をこねる新居室長。
「試しにシミュレーションするだけですから、いいじゃないですか」僕は新居室長を諭す。
「後で木こりもシミュレーションしてくれる?」
「分かりました。後でやりますから」
「……しかたないわね」と新居室長もしぶしぶ承諾した。
僕と茜はスーパーコンピューター垓に、国有地への太陽光パネルと風車設置プロジェクトをインプットした。周辺住民への説明において『対象区域の土地は売却することもできる』と付け加えて。
垓のシミュレーションは20分で終了した。
それなりも時間が掛かったから、結果は悪くはなさそうだ。
僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。
<その2に続く>
僕がアイデアを出した公営カジノが大規模な国際犯罪に繋がってしまった。シミュレーションとはいえ、こんな結果になってしまったことに僕は後ろめたさを感じている。
何とか次の案で挽回しないといけない。
まず、民間企業が行っている事業と同じものを始めると民業圧迫と言われる。日本政府としては民間企業と競合する事業は避けたいところだ。
そうすると、日本政府が保有している国有地を活用したものが良さそうだと僕は考えた。
※財務省によれば、2021年度の国有地の面積は876.7万ha、国土の約25%を占めています。
スポーツ施設などの箱ものは回収できないだろうから、国有地を民間事業者に賃貸するのが現実的だ。
僕は新居室長と茜の意見を聞いてみることにした。
「日本政府が事業をするとしても、民業圧迫は避けた方がいいと思うんです。そうすると、国有地を民間事業者に賃貸するのが現実的かと。どう思います?」
「国有地を賃貸ね……スキー場やゴルフ場はこれ以上必要なさそうだし、ホテル用地も足りてそう。林業はダメなの?」と新居室長が言った。
新居室長がアイデアを出すのは珍しい。僕は掘り下げて確認することにした。
「林業ですか?」
「そう。日本の木材は品質が良いのに国内消費量のうち50%以上を輸入材に頼ってる。だから、ウッドショックが発生した時に建築資材が高騰した。日本で木材を生産すれば建築資材の高騰を防げるよね?」
「まあ、そうですね。日本は森林面積がそれなりにあるはずなのに、国内生産量が少ないです。それに、輸出量も増えてはいるようですが、まだまだですよね」
「そうよ。木材の生産量は1980年代の約30%まで落ち込んでいるけど、一番の理由は林業従事者数の減少だと思う。林業従事者の数は1985年の12.6万人から2020年には4.3万人に減っているから」
※林業従事者の数は林野庁『令和4年度 森林・林業白書』を採用しました。
「ところで、ドイツは林業が盛んだって知ってる?」
「ドイツですか? イメージないですね」
「ドイツは林業従事者が120万人以上いるらしい。自動車産業従事者よりも多い」
「へー。ドイツでは林業従事者が人気なんですね」
「森林官という職業があって、人気らしいわよ」
「日本だと木こりのイメージがありますけど、年収は悪くないと聞いたことがあります」
新居室長は少し考えてから僕に言った。
「ねえ、志賀くん。私と木こりにならない?」
「木こりですか?」
「そうよ。木こりは自然の中で健康な生活を送れそうだし、山小屋で休憩しているときにあんな事やこんな事が……キャー」
「また、そっちの話ですか」
どうやら新居室長は真剣に政策提案を考えていないようだ。
それに、国有林を利用した林業への本格参入は民間企業との調整が必要になる。日本政府が林業をするためには時間が掛かりそうだ。
僕は茜の案を聞いてみることにした。
「茜は何かないの?」と僕は尋ねた。
「うーん、再エネかな。太陽光パネルや風車を設置しまくったらいいんじゃない?」
「再エネかー」
「化石燃料を減らしていくのが世界的なトレンドだし、再エネを国営事業でやって一気に電力自給率を上げればいいんじゃないかな」
脱炭素化は世界的なトレンドだし、再エネの比率を増やしていくことは理にかなっている。
日本において太陽光発電はかなり浸透した印象はあるが、風力、バイオエネルギー、地熱などの発電量は相変わらず少ない。
ちなみに、太陽光、風力、バイオエネルギー、地熱、水力の発電施設容量(GW)の2012年から2022年までの推移を示したものが図表37だ。
【図表37:再エネの発電施設容量の推移】
※出所:自然エネルギー財団
水力発電はここ10年間でほとんど変化しておらず、再エネの増加要因のほとんどは太陽光発電だ。
太陽光発電施設はFIT(固定価格買取制度)の実施により一気に広がったが、その後もESG投資を呼び込むための環境対応のために企業が採用して増加している。太陽光パネル、分電盤、パワーコンディショナーなどを設置すれば発電可能なので、他の発電施設を作るコスト・時間を考慮すると太陽光発電施設の方が簡単に設置できるのが理由だ。
「でもさ、太陽光パネルを設置し過ぎると、『景観が悪化する!』って抗議が出てくるよね」
「知ってるよ。あいつら、金は出さないのに、口だけ出してくる」
「そういう言い方は良くないよ……国民の意見は尊重しないと」
「そうだ!」と茜が大声を出した。
「大声出してどうしたの?」
「いやー、いい案を思い付いた!」
僕は茜の「いい案」に不安を感じる。今までの案は「インボイスGメン」「お役所仕事大作戦」など癖が強い。
茜は「いい案」について説明を始めた。
「まず、『国有林を切り倒して太陽光パネルを設置する』とアナウンスする」
「それで?」
「そのアナウンスには、『対象区域の土地は売却することもできる』と付け加える」
「プロジェクトを中止させたいのであれば、土地を買取れってこと?」
「そうよ! 『口を出すなら、金を出せ!』ってね」
茜の言いたいことは分かる。
でも、プロジェクト候補地を入札で売却すると、価格が極端に低くなったりしないのだろうか?
「国有地を売却する場合は入札だよね。入札価格が低かったらどうするの?」
「自己競落(じこけいらく)すればいいじゃない。最低売却価格を設定しておいて、それより低い価格で売る必要ないでしょ」
※自己競落とは競売申立人が入札して落札することです。
「へー、確かに。いいかもね」
「そうでしょ。室長、この案をシミュレーションしてみませんか?」と茜は言った。
「えー、私は志賀くんと木こりがいいのに」と駄々をこねる新居室長。
「試しにシミュレーションするだけですから、いいじゃないですか」僕は新居室長を諭す。
「後で木こりもシミュレーションしてくれる?」
「分かりました。後でやりますから」
「……しかたないわね」と新居室長もしぶしぶ承諾した。
僕と茜はスーパーコンピューター垓に、国有地への太陽光パネルと風車設置プロジェクトをインプットした。周辺住民への説明において『対象区域の土地は売却することもできる』と付け加えて。
垓のシミュレーションは20分で終了した。
それなりも時間が掛かったから、結果は悪くはなさそうだ。
僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。
<その2に続く>