第3話 チェリー・ボーイズ

文字数 2,288文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 僕たちの5人のチーム名は「チェリー・ボーイズ」。
 ご当地ヒーローでも、もう少しマシなチーム名だと思うぞ。
 チェリー・ボーイズが気に入らない僕は茜に訴える。

「はぁ? チェリー・ボーイズ? 常識的に考えてチェリー・ボーイズはダメだと思うぞ。コンプラ的にアウトだろ?」

 不満を言う僕を、また山田(財務省)が睨んだ。茜派の山田は僕を完全に敵視している。

 このままでは……僕単体ではチェリー・ボーイになってしまう。

 とはいえ、1:5では形勢が不利だ。
 僕は山田を味方にすることにした。

「山田、お前(単数)はチェリー・ボーイだぞ。それでいいのか?」
「茜先輩が言うなら……」

「じゃあ、質問を変えよう」
「何ですか?」

「お前、チェリーなのか?」
「……黙秘します」

 黙秘が怪しいところだが、まぁいい。
 僕は佐藤(総務省)を次の標的にした。

「佐藤、お前はどうなんだ? チェリーなのか?」
「……」

「チェリーなんだな?」
「……黙秘します」

 このチームはそういう基準で選定されたのだろうか……そんなわけない……よね?

 山田(財務省)は僕を無視して茜の方を見た。

「チーム名は決定事項ですよね?」
「当然だ。既に首相から辞令も出ている。政府広報にも写真が載るし、SNSにも登場してもらう! 『チェリー・ボーイズ』は霞が関のご当地ヒーローという設定だからなー」

 茜はさも当然のように言った。

 ――霞が関のご当地ヒーローって何だよ?

 ちらっと横を見たら、国交省の田中が嬉しそうにしている。
 政府のSNSに登場したら合コンでモテると考えているのか?

「うぉっほん。私から辞令と共にコスチュームを配る。諸君はそのコスチュームを着て今回のミッションに挑むのだ! まずは……財務省の山田。前に」

 山田(財務省)は茜の前に立った。

 茜は辞令を読み上げながら青い何かを山田に渡した。

「山田、君は緻密な分析、考察力に長けていると聞く。ブルーだ」
「ありがとうございます! 着ていいっすか?」
「もちろんだ」

 山田は受取ったコスチューム(ブルーのタイツ)に着替え始めた。
 ピッタリしたコスチューム。山田のポッコリお腹を強調する。
「うわっ、バッジもあるじゃないですか。かっこいい!」
 山田は上機嫌だ。

「次、総務省の佐藤、前に!」
「イエッサー!」

「佐藤、君は各部署を取り纏める能力に長けていると聞く。場を和ませる能力、つまり、コミュニケーション能力が非常に高い。そんな君はイエローだ。期待しているぞ!」
「あざーす!」

 僕の想像に反して佐藤(総務省)はイエローに納得しているようだ。「コミュニケーション能力が非常に高い」が気に入ったのかもしれない。
 佐藤も受取ったコスチュームに着替えた。スーツ姿からは想像できなかった筋肉質な佐藤。
 山田よりも断然戦隊ヒーローっぽい。

「次、防衛省の鈴木、前に!」
「サー、イエッサー!」

「鈴木、君は何でもそつなくこなすジェネラリストだと聞いている。得手不得手があるチームメンバーの中で君は安定感のある人間だ。チームが危機に陥った時に必ずや活躍してくれると思う。そんな君はグリーンだ!」
「承知いたしました!」

 何となく印象の薄いグリーン。でも、鈴木は茜の言葉を好意的に受け取ったようだ。
 鈴木もコスチューム(緑のタイツ)に着替えた。

 既に決まった色はブルー、イエロー、グリーン。
 残りはレッドとピンク……

 レッドがこのチームの実質的なリーダー。年長者の僕にこそ相応しいはずだ。

 僕は祈る。どうかレッドでありますように!

「次、国交省の田中、前に!」
「イエッサー!」

 田中がピンクなら僕がレッドだ。田中がレッドなら僕がピンク。

 田中はピンク。
 田中がピンク。
 田中こそがピンク。

 ――ピンク、ピンク、ピンク……

「田中、君は国交省のプロジェクトにおいて、役職に関係なく丁寧に根気強く接していると聞いている……」

 ――これは……ピンクだな

「そして、チームメンバーをやる気にさせる能力が高い。同期の中でもリーダーシップが群を抜いていると聞いている」

 ――この流れは……まさか?

「そんな君はレッドだ、期待しているぞ!」
「ありがとうございます!」

 僕に向かってガッツポーズをしながら席に戻る田中。
 僕にレッドを横取りされないように、少し離れた場所でコスチュームに着替えた。


「最後に志賀、桜といえばピンクだ。主役級の色だ。良かったな!」
「嬉しくねーよ!」

 山田(財務省)が僕を睨みつける。

「嫌なら、私がピンクやろうか?」と茜が僕に告げる。

 さっき、茜は「首相からの辞令」と言った。
 ピンクを拝命しないと、僕はお役御免だ。
 つまり、全省庁合同プロジェクトに脱落した落ちこぼれを意味する。
 それもいやだな。

 山田(財務省)は「茜先輩のピンクが見てみたいです!」とノリノリだ。

「志賀先輩、ピンクが嫌なら、茜先輩に代わって下さいよ!」
「空気読んで下さいよ!」
「帰れー!」

 騒ぐ男性陣を見かねた茜は手を下げた。
 男性陣は静まった。

「志賀、首相の辞令を拒否するということは……今後の人事評価に影響すると分かっているか?」
「……」
「それでも、ピンクを拒否するのか?」

 内閣府で首相の辞令を拒否する。そうだよな……人事評価で大きなマイナスになる。

「ピンクで……いいです」
「ピンク“で”?」

「ピンクがいいです!」

 こうして、僕はピンクになった。
 チェリー・ボーイズのピンク。はぁ、どうしよう。

 それにしても……僕たちはこれから何をさせられるのだろうか?
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