第6話 相続時精算課税で解決できないかな(その2)

文字数 2,117文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 もはや、何でも試しておくべきなのだろう。
 僕はスーパーコンピューター垓に、相続時精算課税制度の上限廃止案をインプットした。垓はシミュレーションを開始する。

 垓のシミュレーションは5分で終了した。
 法事の廃止よりは長かった。でも、ダメっぽい……

「法事よりも期待できるかな?」と僕が言ったら、「うっせー」と茜に睨まれた。

 期待はできないけれど、僕たちは垓の作成したシミュレーションの結果を確認することにした。

 垓はシミュレーションのダイジェスト映像として、ドキュメンタリー番組を表示している。
 多分、今回の結果を端的に表しているのだろう。


 ドキュメンタリー番組では、レポーターが高齢者女性にインタビューをしていた。

 顔にはモザイクが掛かっているから表情は分からないが、「最近、子供から家を出ていけと言われるようになりました」と高齢者女性は悲しそうなトーンで答えている。
 どうやら、この高齢女性は家族の間でトラブルを抱えているようだ。

「それは、どうしてですか?」
「私が暮らしているマンションを売りたいらしいのです。息子夫婦が……毎日のように私のところにやってきて、マンションを贈与するように言うんです……」
「マンションの贈与ですか?」
「そうです。どうやら相続時精算課税という制度を使うと、税金が安くなるらしいんです」
「あぁ、相続時精算課税ですか。最近流行っていますね」
「そうでしょうね。私の友人も子供にマンションを贈与しろと言われているみたいで……」

 レポーターは高齢者女性に突っ込んだ質問をしていく。

「いまお住いのマンションですから、贈与したら住む場所がなくなります。贈与したら、息子夫婦と一緒に住まれるのですか?」
「まさか、そんなわけありませんよ。「家賃を払うから、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に住んだらどうだ?」と言っています」
「サ高住ですか。要介護になった場合も便利みたいですね」
「そうなんですけど……私はまだ介護が必要ではありません。それに、ここは亡くなった主人と終の棲家にしようと買ったんです」
「ご主人との思い出が詰まっているわけですね」
「そうです。子供たちが独立したのを機に、戸建て住宅を売って、都心のマンションに引っ越しました。この辺は便利でいいんですよ」
「そりゃもう、都内の高級住宅街ですから。スーパーや病院も近くにありますし、便利ですよねー」
「ここには付き合いのあるご近所さんもいます。だから、死ぬまで住むつもりでした。それなのに、出ていけなんて……失礼な話だと思いませんか?」

 レポーターは高齢女性の怒りが収まるのを待っている。しばらくすると、高齢女性は落ち着きを取り戻した。

「そうすると、〇〇さんは息子夫婦にこのマンションを息子夫婦に贈与する気はない。そういうことですか?」
「当たり前です! 絶対に出ていきません。死ぬまで住んでやりますよ! 200歳まで生きてやるわ!」

 その後も高齢者女性とレポーターのやり取りは続いたが、息子夫婦への不満をぶちまける内容に終始していた。

 レポーターは「現場からは以上です」とインタビューを締めた。

 ***

 相続時精算課税の上限撤廃で恩恵を受けるのは、都市部に不動産を持っている相続人候補者だ。実勢価格が相続税評価額よりも高いからだ。そして、この制度を使うのは圧倒的に富裕層が多い。
 さっさと贈与してほしい子供、子供に怒りをぶつける高齢者。そういう構造がインタビューから明らかになった。

 垓のシミュレーションの結果、都心部で不動産取引がやや活発になったものの、空き家問題の解決にはほとんど貢献しないようだ。
 きっと、相続税対策をしようと考えている人間が多くないのが理由の一つだ。

 国税庁が公表している『令和3年分 相続税の申告事績の概要』によれば、2021(令和3)年度の相続税の課税割合は9.3%だ。
 課税割合とは死亡者数に対する相続税の課税件数の割合なので、実際に相続税の課税があった被相続人(死亡者)の数は100人のうち約9人。
 ちなみに、課税があった被相続人1人に対する相続税額の平均は1,819万円だ。

 相続税評価額の高い不動産は都市部にある。さらに、都市部の不動産は実勢価格が相続税評価額よりも高い。高く売れるから、相続人は積極的に処分するはずだ。この人たちは相続時精算課税を積極的に使うかもしれないが、元々売却するつもりだったから空き家対策には効果がない。
 逆に、地方の評価額の低い不動産を相続した相続人は、相続税が発生しないから相続時精算課税の必要がない。高く売れないから売却せずに空き家を保有し続けることになる。

「ぷぷぷっ、失敗してんじゃん」
 僕はまたしても茜にバカにされた。

 そんな僕を気遣うように「ドンマイ!」と横から聞こえた。新居室長だ。

 新居室長は僕を優しいまなざしで見ている。

 二度の失敗で精神的に弱っている僕は新居室長の優しさが心にしみる。
 でも、あれは弱った獲物を狩ろうとする捕食者の目なのだろうか……

 僕たちの空き家問題の解決のための戦いは続く。
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