第2話 インボイスGメン(その1)

文字数 2,729文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 僕はインボイス制度を浸透させるための対策を考えているのだが、残念ながら全然思い付かない。補助金をばら撒くようなものでもないし、インボイスの説明会は全国の税務署で何度も開催されている。つまり、既に手は尽くしていると言っていい。これ以上、何をしろというのだ……

 僕はチラッと茜の方を見た。茜の感性は独特だ。僕が何も思い付かないときでも、茜は何かしら思い付いている。
 今回も、何かいい案が浮かんだのだろうか?

 僕は探りを入れるために「何かある?」と茜に尋ねた。

 茜は僕の方をチラッと見てから、机上のラップトップに視線を移した。茜は「うーん、そうねー」と言いながら続けた。

「インボイスGメンは?」

 茜の口から、僕の全く想定していなかったキーワードが出てきた。

――インボイスGメン?

 なんだろう? 僕には全く意味が分からない。
 このまま話に入られても困るから、僕は茜に「インボイスGメンが何たるか?」を確認することにした。

「インボイスGメンって、聞いたことないけど……下請Gメンとか万引きGメンみたいに調査するんだよね?」
「そうよ。偽物のインボイスを発行して消費税を請求している事業者がいるらしいの」

 インボイス制度を浸透させることとは関係なさそうな気もするのだが、続きを聞いてみることにする。

「どういうこと?」
「インボイスは「登録番号」、「適用税率」、「消費税額等」の必要事項を載せた書類。だから誰でも作れる。ここまではいい?」
「まぁ、分かるよ。インボイスを作ろうと思えば、誰でも作れるね」
「インボイスに掲載される事業者固有の情報は登録番号だけ」
「そうだね」
「知ってると思うけど、インボイスの登録番号は「T+13桁の番号」。だから、インボイス発行事業者として登録していなくても誰でもそれっぽいものを作れる。T+13桁の番号を載せればいいだけだから」
「まぁね。言いたいことは分かるよ」

※インボイスの登録番号とは、適格請求書発行事業者になるための登録申請を行い、その申請を認められた事業者に発行される番号です。登録番号は「T + 13桁の番号」で構成されており、番号は法人の場合は法人番号、個人事業主には法人番号と重複しない数字が割り振られます。
法人番号は税務申告書に記載する番号なので、法人であれば必ず割り当てられています。なお、法人番号は国税庁のホームページに公表されています。
また、登録番号は国税庁のサイト『インボイス制度 適格請求書発行事業者公表サイト』で検索できます。
https://www.invoice-kohyo.nta.go.jp/


 茜は僕の方を見てから大きな声で言った。

「インボイスGメンは、その偽物をあぶりだす!」

「ちょっと、それって、インボイス制度の浸透と関係なくない?」
 たまらず新居室長がツッコむ。

「違いますよ。『インボイス制度が良いか悪いか』の議論をしても、何も解決しないのです!」

 茜は両手を広げて新居室長と僕に訴えかける。
 自分の世界に入ってしまった。長くなりそうな気が……

「例えば国税庁が『適格請求書発行事業者でないのにインボイスを発行している奴が悪い!』『偽物のインボイスを探せ!』とキャンペーンをしたとしましょう。そうすると、インボイス制度はデフォルト(規定)となります!」

「まぁ、そういうことも……あるかもしれないね」と新居室長。

「そうでしょう! 既成事実として扱われると、誰も『インボイス制度が良いか悪いか』と議論しないのです!」
「それって、論点のすり替えじゃ?」
「そうです! この問題の解決策は、ズバリ、論点のすり替え!」

 確かに、茜の方法は強引なやり方ではある。が、全国民にインボイスが浸透しそうな気はする。

 ただ、問題はインボイスGメンの調査方法だ。あまりに評判が悪いと内閣支持率にも影響してしまう。

 僕はインボイスGメンの調査について茜に質問する。

「インボイスGメンの調査はどうやってやるの?」
「簡単よ。X(旧ツイッター)でハッシュタグを付けて呟(つぶや)いてもらう」
「呟く?」

「そう。まず、国税庁のサイトで検索して登録番号を偽装している事業者の偽インボイス(請求書、領収書、レシートなど)を発見してもらう」
「発見してもらう?」
「あー、前提を説明してなかったわね。インボイスGメンは一般人よ」
「一般人? 税務署や役所の職員じゃなくて?」
「もちろん! こんな人海戦術、行政がする仕事じゃないでしょ」
「そう……だね」

 茜は「やれやれだぜ」のようなポーズをする。僕はちょっとイラっとしたが、そんな僕を無視して茜は説明を続ける。

「偽インボイスは一般消費者に発見してもらう。そして、偽インボイスの画像をX(旧ツイッター)に投稿してもらう。ハッシュタグは【#インボイスGメン+登録番号】かなー」
「投稿してもらうのはいいんだけど、一般人が協力してくれるの?」
「大丈夫よ。賞金を出す!」
「あー、そういうこと」
「最初に偽インボイス情報をXに投稿した人には……なんと……」
「なんと?」
「なんと、1万円プレゼント!」

 茜らしい発想だ。新居室長はどうしていいか困っている。
 それにしても、偽インボイスを取り締まるのはいいとして、やり方がネット上の公開処刑……こんなことしてもいいのだろうか?

「まぁ、そうだけどさ……これ、やっていいの?」と僕は茜に確認する。

「問題ないわよ。偽インボイスを発行していた事業者をさらし者にできる」
「だから、それは倫理的に大丈夫だと思ってる?」
「もちろん! 悪いことしてるんだから、ネットにさらされて当然!」
「……」
「それに、ネットにさらされたら誹謗中傷が山のようにくるでしょ。そうしたら適格請求書発行事業者に登録するインセンティブが働く」
「そう……だね」
「課税事業者が増えてくれれば税収は増える。1万円の賞金は安いと思うけどなー」

 茜は当然のように言うのだが、茜に倫理観を聞くのは間違いだったかもしれない。
 僕はチラッと新居室長を見た。新居室長も困っているようだ。

「新居室長、茜の案、どう思います?」
「効果ありそうだけど、倫理的にね……」

 新居室長も僕と同じ意見のようだ。

「じゃあ、垓でシミュレーションしてみたらいいんじゃないですか?」

 茜は当然のように言うのだが、これでいいシミュレーション結果が出たら僕たちはどうすればいいのだろう? 政府はこの提案を採用するのか?

 良いとも悪いとも言えない僕と新居室長。

「まあ、やってみてもいいか」と新居室長が言うから、茜の案を垓でシミュレーションすることになった。

<その2に続く>
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