第4話 労働時間を増やしてみよう!(その2)

文字数 2,183文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 僕たちは垓のシミュレーション結果のダイジェスト映像を見ている。

 日本政府は企業に対して副業採用を推し進めた。副業で雇った人員の人件費の30%を税額控除できるようにしたのだ。税額控除の影響は大きかった。
 この税制改正によって黒字の企業は正規雇用ではない副業で就業する人員を増やしていった。特に人手の足りない業界では効果を発揮した。

 ダイジェスト映像はあるドキュメンタリー番組を映し出した。

 ドキュメンタリー番組の主人公は大手建設会社である◯林組に勤務する鈴木さんだ。
 鈴木さんは関西で来年開催される万博会場の施工業務に携わっている。万博開催までの工期が短いため作業は急ピッチで進んでいる。だが、働き方改革がネックとなって万博会場の建設の進捗状況は芳しくない。
 万博の工事は予定よりも大幅に遅れており、連日徹夜で作業をしないと開催までに会場建設が間に合わないのではないかと噂されている。

 鈴木さんの主な業務は万博建設現場での施工管理だ。下請業者との工程打ち合わせ、工事の進捗管理、関係者訪問時の対応、本社への報告などの業務に追われている。
 鈴木さんは多忙な毎日を送っている。だが、鈴木さんだけが忙しいわけではない。この現場にいる誰もが忙しいのだ。

 〇林組では働き方改革によって残業は禁止されている。だから、終業時間(定時)がきたら鈴木さんは現場から離れなければならない。これが万博建設工事の進まない原因だ。

 この万博建設工事は大手建設会社が共同で受注(JV)しており、〇島建設、〇中工務店が担当する現場も同じような状況である。どこも人手不足で作業が進まない。

 鈴木さんに密着しているディレクターの加藤さんは、仮設事務所のロッカーを閉めた鈴木さんに話しかけた。

「今日はもう終わりですか? ぱーっと飲みに行きます?」

 加藤さんは楽しそうだ。密着取材だからお酒でも飲みながら鈴木さんの話を聞こうと考えたのだろう。ただ、鈴木さんは浮かない顔をしている。

「今日はもう一件ありますから」と鈴木さんは言って歩き出した。

 加藤さんはカメラを持って鈴木さんの後を追った。
 〇林組の仮設事務所を出た鈴木さんは万博建設現場の出入口とは逆方向に歩いていく。

「出口は逆ですよ?」と言った加藤さんを無視して、鈴木さんは歩を進めた。

 無視された加藤さんは仕方なく鈴木さんについて行く。しばらく進むと仮設事務所が見えてきた。
 〇島建設の現場事務所だ。

 鈴木さんは「おはようございます!」と言いながら仮設事務所のドアを開けた。

「あー、鈴木くん、待ってたよ! あっちは順調?」と初老の男性が鈴木さんに話しかけた。

「佐藤所長、おはようございます! あっちは……まぁ、ボチボチです。それよりも、こっちの工期の方がヤバいですよ」
「そうだよなー。あ、これ引継ぎ資料ね」

 佐藤所長はそういうと鈴木さんにタブレット端末を渡した。
 カメラがタブレット端末を写すと工程表のようなものが見えた。

 鈴木さんは手慣れた様子でデータを確認している。

「あいつ、杭打ちしとけって言ったのに……やってねーのかよ!」と鈴木さんがぼやいた。〇島建設の作業進捗が遅れているようだ。

「まぁまぁ、鈴木くん。多めに見てやってよ」と佐藤所長はフォローする。

「昨日もですよ! 次の行程を進めないといけないのに、今日の仕事はあいつの尻拭いで終わりそうです」
「そうだけどさー。あいつ、現場監督するのが初めてだからさー」
「佐藤所長が言うなら……しゃーねーなー」

 鈴木さんはそういうとヘルメットを被って現場事務所から出ていった。ヘルメットには〇島建設と書いてある。

 鈴木さんの被ったヘルメットを見たディレクターの加藤さんは不思議そうに「鈴木さんは〇林組の職員じゃないんですか?」と尋ねる。

「あぁ、午後6時からは〇島建設なんです」
「兼務、ということですか?」
「まぁ、そんな感じです。社内では『副業』と呼ばれています」
「副業ですか」
「〇島建設として午前12時まで働いて、今日の仕事は終わりですね」

 まだまだ鈴木さんの仕事は終わらない。加藤さんは密着取材が深夜まで終わらないことを理解した。

「午前12時から家に帰るんですか? 終電あります?」
「いえ。帰らないですね」
「帰らないんですか?」
「ええ。事務所で午前1時まで仮眠した後、〇中工務店として午前6時まで働きます」
「〇中工務店ですか?」
「そうです。1日に3社掛け持ちです」

 鈴木さんの密着取材は翌朝まで終わらない。ダイジェスト映像には映っていないがディレクターの加藤さんがガッカリしている様子が想像できる。

「今日は長時間労働ですね。そうすると、明日は休みですか?」
「いえ、午前9時には〇林組に出勤しますよ」
「えぇっ? 午前9時から……睡眠時間は4時間ですか?」
「そういう計算になりますね。でも、勤務時間中に10分~15分くらい仮眠とってます。だから……何とかやってます」

 鈴木さんは大手建設会社〇林組の課長代理だ。給与もそれなりにもらっているだろう。
 それなのに、鈴木さんは睡眠時間を削って副業をしている。

 鈴木さんにはそこまでして働く必要があるのだろうか?

 密着取材をしている加藤さんは解せないようだ。

<その3に続く>
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