第3話 免税事業者を無くせ!(その3)

文字数 2,940文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 続いて、司会者は次の参加者に質問を移した。エプロンを付けた中年女性、彼女が鈴木さんだ。

「鈴木さんは商店街でお店をされているとのことですが、どんなお店をされているのでしょうか?」
「うちは〇〇商店街で30年前からコロッケを売っています。〇〇商店街にくるお客さん向けの商売です」
「コロッケですか。食べ歩きにいいですね」
「そうなんですよ! 土日は一日中コロッケを揚げてますけど、追いつかないくらいです」
「コロッケは揚げ物だから、夏場は大変そうですね」
「暑いですよー。調理場は50度を超えます。水分と塩分を補給しながら何とかやってます。痩せそうだと言われるんですけど、これが全然痩せなくって」

 鈴木さんはそういいながら、隣に座っている佐々木さんの腕をバシバシ叩く。佐々木さんは苦笑いをカメラに向けている。

「そうすると、お客さんに大人気のお店なのですね」
「ええ、テレビの取材も何件か来ました。ちょうど先週も……あの番組なんでしたっけ……いい加減な人が散歩するやつです」
「あー、あの人ですかー。いつも適当なことを言ってますね」
「あの番組は……この局でしたっけ?」
「他局の有名な番組ですね」
「そうでしたか。それは失礼しました」
「いえいえ、大丈夫ですよ」

 司会者は話題をインボイスに移した。

「えーっと、アンケートを拝見すると……鈴木さんのお店はインボイス登録事業者ではなかった、と書かれています。鈴木さんのお店はインボイスが必要なかったのですか?」
「必要なかったですね。だって、1個100円のコロッケを買うのに「領収書ください」というお客さんはいませんよー」
「そうですよね。私も商店街でコロッケを買うときに領収書をもらったことないですね」
「そうでしょー。うちみたいな個人商店にインボイスは必要ないんですよ」

 鈴木さんのお店はインボイスを発行する必要がなかったようだ。司会者は消費税法の改正に話題を移した。

「それで、課税事業者の判定基準が下がって鈴木さんのお店は課税事業者になった、とアンケートに書かれています。課税事業者になって、何か変化はありましたか?」
「もちろん、あります! うちは30年間ずっとコロッケを1個100円で売ってたんです。課税事業者になったからお客さんに消費税を請求しろと言われても……どうすればいいのか」

 鈴木さんは消費税をどうやって顧客に転嫁するかを決めかねているようだ。

「1個100円のテイクアウト(テイクアウェイ)ですから、8円消費税が掛って108円で販売……ということになりますね」
「そうなんですけど……お客さんに108円を請求できませんよね! ワンコインが売りのコロッケなのに」
「電子決済にすれば、お客さんも気にならないように思いますが」
「そうなんですけど、うちのコロッケを買いにくる人の8割は現金払いです。ワンコインで販売しないと客足に影響します」
「そうですね。お釣りも必要ですしね」
「仮に内税、税込100円で販売したとすると……本体93円と消費税7円ですよね。コロッケは原価率が高いから、利益率が7%も下がったらやっていけません」
「多売薄利の代表格ですものね」
「正直困っていまして……どうすればいいんでしょうか?」

 鈴木さんは本当に困っているのだろう。逆に司会者に質問し始めた。
 親切な司会者は鈴木さんのために対策を考えている。

「うーん、例えば、コロッケのサイズを7%小さくするのはどうでしょう?」
「サイズを小さく、ですか……一見さんには気付かれなくても、常連のお客さんは気付かれますよ」
「ちょっと小さくなっただけですよ。分かります?」
「うちには30年間毎日うちのコロッケを買っていく常連さんがいるんです。毎日買いに来ている常連さんからは「コロッケ小さくなった?」って聞かれるでしょうね」
「30年間の常連さんですか……見破られるかもしれませんね」
「でしょー。あの改正、やめてくれないかなー。ねえ、議員さん!」

 鈴木さんは司会者の隣に座っている与党議員に話しかけた。
 既に法改正は終わっているから廃止は無理だと思うのだが、ダメ元で言っているのだろう。

 ***

「ちょっといいですか?」と話を振られた与党議員の佐藤は言った。

「はい、どうぞ!」と司会は佐藤議員に発言を促す。

「鈴木さんのお店の場合、内税の100円でコロッケを販売したとしても、コロッケのサイズを7%小さくする必要はないんです」
 佐藤議員は自信に満ちた表情で鈴木さんに語り掛ける。

「どういうことでしょうか?」司会は佐藤議員に質問する。

「まず、鈴木さんは原価率の計算をする時に、税込と税抜を混同して計算しているんです」
「税込と税抜ですか?」司会者は佐藤議員に確認する。

「ええ、販売価格が内税の100円の場合、お客さんから受取る消費税は7円、税抜売上げ93円です。もし、仕入原価が税込90円だったとしましょう。この場合、消費税が6円ですから税抜84円です。原価率は税抜で計算しますから、原価率は90%(=84÷93)です」

 話を聞いていた鈴木さんは不満そうに「それが何か?」と佐藤議員に言う。

「消費税は売上と仕入の差額で支払います。鈴木さんがお客さんから受け取った消費税が7円だったとしても、材料仕入で6円の消費税を払っていたら、佐藤さんが税務署に支払う消費税は1円です。これは原則課税で計算した場合です」

 そう言うと佐藤議員は手許のフリップに図を書いた。

【図表28-1-1:佐藤さんの消費税の支払額(原則課税)】



 佐藤議員は鈴木さんに説明を続ける。

「元々、鈴木さんのお店は材料の仕入、水道光熱費、その他諸々の消費税を払っているんです。お客さんから受け取った消費税は全額税務署に支払うわけではなくて、仕入に掛った消費税を控除した金額を払います。この例の場合はコロッケ1個に対して1円ですね」

 司会者は佐藤議員に質問する。
「じゃあ、コロッケは1%小さくすればいい。そういうことでしょうか?」

「ちょっと試しに計算してみましょうか」

 佐藤議員は計算例(図表28-1-2)をフリップに書いた。

【図表28-1-2:消費税法の改正によるインパクト】

 


「前提として原価率は90%、売上と仕入は全て軽減税率(8%)の対象とします。消費税の改正前は利益10に対して、実効税率30%とすると法人税等は3です。消費税は当然ゼロですね」

 佐藤議員はフリップの【以前】と書かれた箇所を指した。

「次に、課税事業者になった場合は、売上93、仕入84ですから利益9です。実効税率30%とすると法人税等は2、消費税は1です。税額の合計を見てほしいのですが、この場合は納税する税額合計は変わりませんね」

 佐藤議員はフリップの【以前】と【改正後】に書かれた箇所を指して言った。

「課税業者になっても納税額は同じなの?」
 鈴木さんは信じられない表情で佐藤議員に質問する。

「この場合は同じですね。前提が違ったら税額は増えます。ただ、消費税は課税売上と課税仕入の差額に生じるものですから、物販の場合はそんなに大きくなりません」と佐藤議員は答えた。

<その4に続く>
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