第3話 茜の提案(その2)

文字数 2,179文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 僕たちは茜が想定した条件(外国人ドライバーのビザ取得緩和、長距離輸送方法の改訂)をスーパーコンピューター垓(がい)にインプットし、シミュレーションを開始した。

 垓には、日本に住む人の行動履歴、全国の地理情報、企業情報、経済環境などのデータが保存されている。これらの情報を基に仮想の日本国が作られていて、前提条件をインプットすれば、仮想の日本がどのように変化するかが分かる。
 垓の精度は90%と言われているから、シミュレーションで出てくる結果はその案を採用した場合の日本の将来図といえる。

 垓のシミュレーションは15分ほどで終了した。

 僕は、今回のシミュレーション結果は悪くないと予想している。
 なぜなら、垓のシミュレーションは時間に比例するからだ。
 悪い結果が出る場合、垓のシミュレーションは直ぐに終わる。シミュレーションが1~2分で終わったら、失敗だったと思っていい。

 15分も掛ったということは……期待していいと思う。

 僕たちは垓の作成した結果を確認した。


***

 垓にはシミュレーション結果のダイジェスト版を映像で再生する機能が付いており、僕たちはそれを確認している。

 まず、外国人ドライバーを利用したことで、物流・運送業界の2024年問題で懸念されていた長距離輸送できないモノは無くなった。労働力不足は解消されたようだ。
 さらに、長距離ドライバーの労働環境が改善されたことから、ドライバーとして働く若い人も増えた。日本におけるドライバー人口が増えたことから、茜の案は成功したかに思えた。

「いいんじゃない!」と新居室長は機嫌良さそうに言った。
 茜は「そうでしょう」と自信たっぷりだ。

 僕が「今回は、この案で問題なさそうですね」と言ったところで、垓の映像から男性の罵声が聞こえた。

「反対――――!」
「外国人ドライバーを日本から追い出せーー!」

 問題が発生したようだ。

 どうやら、外国人ドライバーへのビザ緩和政策の反対運動が始まったようだ。
 反対運動の参加者は「治安が悪化する!」「日本人の雇用を守れ!」と国会前でデモを開始した。

 国会前の道路はデコトラの集団によって封鎖されている。
 デモの参加者の大半は日本人の長距離ドライバーだ。

 長距離トラックドライバーの多くは、運送会社の専属ドライバーとして働いている。
 彼らが言うには、今までは、東京・大阪間のような長距離輸送で単価の高い歩合報酬を受けることができたが、距離が短い輸送のみとなって単価の低い仕事が増えたらしい。
 つまり、労働環境は改善されたものの収入が減る、という事態が発生した。
 それで良いと考えるドライバーもいたが、そう思わないドライバーもいた。

 ドライバーは輸送する距離によって収入が変動する。一般的には短距離ドライバーよりも長距離ドライバーの方が収入は良い。長距離ドライバーの大多数は高収入を期待してこの仕事に就いている。
 しかし、外国人ドライバーが中間輸送を請け負ったから、長距離輸送ができなくなりドライバーの収入が減った。それに不満を持っているのだ。

 収入減に不満を持つ長距離ドライバーたちは、業界団体のメンバーに「外国人ドライバーが長距離輸送だけじゃなく、日本のドライバーの仕事を全部奪っていくぞ!」と言ってまわった。
 自分たちの仕事を奪われることに危機感を持った業界団体のメンバーは、長距離ドライバーの主張に賛同した。そして、業界団体は外国人ドライバーの追い出しで意見統一された。

 業界団体は外国人ドライバーの廃止を国会議員に訴えた。ロビー活動だ。
 同時に、外国人ドライバーの風評を落とすためのデマを拡散し始めた。

「外国人ドライバーが道路にポイ捨てしている!」
「外国人が増えて治安が悪化した!」
「外国人ドライバーが女性をさらって、車内で乱暴している!」
「犯罪者を追い出せーーー!!」

 そして、偽造されたフェイク動画がソーシャルメディアに拡散されていった。
 業界団体寄りの国会議員の数は増えていき「外国人ドライバーへのビザ発給を停止すべきだ!」と国会で発言するようになった。国会では、外国人ドライバーへのビザ緩和政策の推進派議員と反対派議員の議論が紛糾している。

 国会の外ではデモの参加者たちが叫んでいる。

「『ドライバーの時間外労働時間年間960時間』を撤廃しろーー!」
「日本人ドライバーにもっと残業させろーー!」
「外国人ドライバーを追い出せーー!」

***

 スーパーコンピューター垓のシミュレーションの信頼性は約90%。
 茜の提案した内容で「物流・運送業界の2024年問題」に対応すると90%の確率で、この事象が発生する。発生しないかもしれないけど、その確率は僅か10%だ。シミュレーション結果を信用した方がいい。

「こいつらクソだな……」
 新居室長はボソッと言った。

「いい案だと思ったんですけど……」
 茜は申し訳なさそうに謝罪する。

 正直、僕は茜の案はいいと思った。ただ、相手が外国人ドライバーというマイノリティだったから、日本人の業界団体は圧力を掛けやすかった。
 そんな気がする。

――そこさえ改善できれば……

 僕は新居室長に提案することにした。

「こういう案はどうでしょう?」

<次話に続く>
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