第3話 問題を先送りしよう!(その1)

文字数 1,930文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 ゼロゼロ融資は全てではないけど、それなりの割合が不良債権化する。
 本来のゼロゼロ融資は、真面目な会社を助けるための制度だ。が、悪いヤツらがこの制度を悪用するから不良債権化しやすい。

 僕たちの今回の任務はゼロゼロ融資の崩壊を食い止めること。言い換えれば、不良債権処理だ。
 政府がノリと勢いと人気取りで作った不良債権を円滑に処理する。これが僕たちに期待されている政策提案だ。僕たちは期待に応えるべく対応策を検討する。

 まず、僕が思い付いた案は返済期限の延長だ。借入金を返済しなければ、会社は破綻しない。
 ゾンビ企業が生き永らえるのは、生かさず殺さずの状態が続くからだ。
 そのゾンビ企業生成メカニズムが返済期限の延長といえる。実に後ろ向きな発想だが、経済対策としては有効な場合もある。金融円滑化法(モラトリアム法)はその典型例だ。

 前向きな対応ではないため、僕は新居室長と茜の意見を聞くことにした。

「まだ完全に景気が回復しているわけではないので、ゼロゼロ融資の返済期間を延長するか借換えしてみたらどうでしょう?」

「問題を先送りするってこと?」と茜が突っかかってくる。

「先送りというわけじゃないけど……」
「じゃあ、なによ?」
「基本的にゼロゼロ融資は一時的に業績が悪化した企業に支援を行って、業績が回復した段階で融資を返済してもらう。そういうスキームでしょ?」
「そうだよ」
「だから、返済開始時期を後ろ倒ししてあげれば、その間に業績が回復する企業が増えると思うんだ。こんなイメージなんだけどさ」

 そういうと僕はイメージ図(図表32)を書いた。

【図表32:景気変動と借入期間の関係】



 僕は図を見ながら茜に説明する。

「景気循環はサイクルがある。日本経済は好景気のときもあれば不況の時もある」
「もちろん、そうだ」
「基本的な金融円滑化政策で対応する期間は、不況のときに企業が倒産しないように支えること。ゼロゼロ融資は不況の時に実行して、好景気になった段階で返済してもらう。そうだよね?」
「そんなの当たり前!」
「まだ大半の企業は不況から十分な時間が経っていないから、業績が完全に改善していない。僕の考えは、もう少しゼロゼロ融資を延長すれば企業の業績はもっと改善して、返済できるようになると思うんだ」
「まともな会社はそうかもな。でも、ゾンビ企業は期限を延長しても返済できねーよ」

 茜は期限延長に反対のようだ。僕は説得を続ける。

「僕もゼロゼロ融資を借りている全ての会社が返済できるとは思ってない。ゾンビ企業向けの融資はそのうち貸倒れるんだから、いま貸倒れても数年後に貸倒れても同じじゃない?」
「問題を先送りする政治家みたいな言い方だな」
「選挙終わってからゼロゼロ融資の返済を開始させよう……とか?」
「そうそう。そんな感じ」
「貸倒れる先は今でも数年後でも変わらないのであれば、期限を延ばした方が回収額を増やせると思うんだけどなー」
「へー。そう思うなら、やってみたら? 私は無理だと思うけど」


 僕は茜の言い方にイラっとしたものの、新居室長に提案してみる。

「新居室長、垓でシミュレーションしてみてもいいですか?」
「他に案もないみたいだし、いいんじゃない」

 新居室長は住宅ローンの話をすっかり忘れ、とりあえず仕事モードになったようだ。僕は少しホッとした。

 ***

 ゼロゼロ融資は約6割の企業で返済が開始しているのだが、債務者(お金を借りている企業など)の信用力は低く返済能力も低い。
 だから、政府は返済が困難な会社に対して借換保証制度を創設した。これは返せないゼロゼロ融資を新しい融資に借換えさせて、ゼロゼロ融資を返済したことにする。そうすると、「ゼロゼロ融資は貸し倒れずに返済してもらった」と政府は言える。
 銀行では借換え行為を「リファイナンス」といい、消費者金融では「ジャンプ」という。
 僕には政府が作った借換保証制度が正解だったかは分からない。

 僕はスーパーコンピューター垓に、ゼロゼロ融資の返済開始日を2年間繰延べる法案成立をインプットした。既に返済を開始している企業については、2年経過後に返済が開始する貸付に借換えしてもらうことにした。

 垓のシミュレーションは10分で終了した。
 経験上、悪くはなさそうだが、良くもないシミュレーション時間だ。

「期待できないでしょうね……」という僕は、「志賀くんなら大丈夫だよ!」という新居室長の言葉に励まされた。こういう一言は、メンタルが弱い僕には有難い。

 僕たちは垓の作成したシミュレーション結果のダイジェスト映像を確認することにした。

<その2に続く>
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