第4話 事業承継とその後(その1)

文字数 2,508文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 僕たちは垓のシミュレーション結果を確認している。
 蕎麦屋の事業承継はうまくいったり、うまくいかなかったり。相性もあるし、拘りもあるから、全ての事業承継が成功するわけではない。そういう意味では、事業承継はこんなものだろう。

 垓のダイジェスト映像は別の面談の様子を映し出した。

 医療機器の部品製造をしている佐々木さん、事業を始めたい佐藤さん、中小企業基盤整備機構の職員鈴木さんの3人の面談の風景だ。

 まず、司会進行役の鈴木さんが発言した。

「すでにマッチングアプリ経由で双方の希望や条件の擦り合わせはある程度できていると思います。この面談は、もっと突っ込んで具体的な話をするためのものです。守秘義務契約書は双方ともお持ちですか?」

「「はい」」

 そういうと、佐々木さんと佐藤さんは守秘義務契約書を相手に差し出した。

「それでは、まず、佐藤さんから、佐々木さんの会社でどのようなビジネスをしたいかを話してもらいます」

 司会の鈴木さんに促されて佐藤さんが話し始めた。

「私は電子機器大手の〇〇の商品開発部門で15年間勤務してきました。いつかは自分の会社で商品を世に出してみたいと思っていました。でも、電子機器の製造設備はどれも高価です。一から自分で会社を設立してスタートするのは……ちょっと難しいと思っていました」

「分かります」と佐々木さんは佐藤さんの意見に同感している。
 ひょっとしたら、佐々木さんが会社を始めた時も、こんな感じだったのかもしれない。

「佐々木さんが会社を立ち上げたきっかけは何だったのですか?」と佐藤さんは質問する。

「そうですねー」と佐々木さんは少し考えてから、「私も同じような理由だったかなー」と続けた。

「自分の商品が本当に世界で通用するのか試してみたい、と思いますよね?」
「それはそうでしょう。大企業は優れた商品でなくても、販売網がしっかりしているから売れます。でも、名前も知らない中小企業は優れた商品ではないと、誰も販売してくれません」
「そうですよね」

「ところで、佐藤さんには商品化したい候補があるのですか?」佐々木さんが尋ねる。

「ええ、あります。医療機器ではないのですが、広い範囲では健康関連の商品です」
 そういうと、佐藤さんは設計図を佐々木さんに見せた。

「はー、この部品はうちの機械で作れるなー。けど、こっちは無理かなー」
「そうですか。でも、全部作れなくても構いません」
「そうなの?」
「ええ、外注すればいいですから。それに、まずは佐々木さんの既存業務を学ぶことが先です。それから、少しずつ業務範囲を広げていければと思っています」
「そうだよなー。いつまでも同じ部品を作るわけにいかないからなー」

 佐々木さんは専門知識を持っている佐藤さんの意見に納得している。
 製品知識が全くない親族を後継者にするよりも、佐藤さんのような人間に後継者になってもらいたい、と佐々木さんは考えている。
 この二人の面談はうまくいきそうな気がする。

 ***

 垓のダイジェスト映像は次のシーンを映し出した。佐藤さんが引き継いだ佐々木さんの工場だ。事業承継はうまくいったようだ。

 工場の隅には社長室とは名ばかりの小さな事務所スペースが映っていた。この小さなスペースで取引先への請求書発行、経理処理などをしている。事務所スペースには佐藤さんの他に女性スタッフが1人いる。彼女は佐藤さんのアシスタントだろう。

 そんな名ばかりの社長室のドアを4名の従業員がノックした。年齢層が高いから古参社員といったところか。4人は緊張した顔をしている。

「どうしましたか?」と佐藤さんは従業員を中に案内しながら尋ねた。

 従業員の一人は申し訳なさそうな顔をしながら「今月で退職させていただけないかと思いまして……」と言った。

 驚いた佐藤さんは「えぇっと、皆さん全員ですか?」と他の3人に尋ねる。

「そうです。我々4人です」

 工場の規模から考えて、佐藤さんの会社の従業員数は20人くらいだ。古参社員4人も退職すると業務に差し障りが出る。

「急に言われても……年末までに納入しないといけない製品もありますし」
「そうですよね。こんな時期に申し訳ないと思っています」と従業員は頭を下げた。

「理由は何ですか? 改善できるものであれば、積極的に改善します。だから、理由を教えて下さい」

 佐藤さんが退職理由を尋ねると、従業員の一人は困ったような顔で答えた。

「いや、何がというか……仕事のやり方が新しすぎて、ついていけないんです」
「仕事のやり方ですか……」

 古参社員がIT化された会社の業務方針に難色を示すことは多い。でも、「仕事のやり方」は漠然としすぎている。佐藤さんには何がネックになっているのか、具体的なイメージが沸かない。

「例えば、どういうところでしょうか?」

 従業員は手に持ったタブレットを佐藤さんに見せた。

「例えば、電子化された作業指示書になかなか慣れなくて。間違ってステータスを変更しないか考えてびくびくしているんです。心臓に悪くて」
「慣れれば普通になりますよ。それに、間違っても直せばいいだけですから、誰かに迷惑かけることもありません」

「若い従業員は新しいシステムにすぐに慣れたけど、私たちは置いてけぼりのような気がして。会社に迷惑かけているんじゃないかな、と」

「皆さんが慣れるまで私もお手伝いします。だから、もう少しだけ一緒にやってみませんか?」と佐藤さんは4人の古参社員を引き留めた。

 4人の従業員は佐藤さんに「分かりました」と答えていたから、今月末の退職は避けられそうだ。でも、いつまで引き留められるかは分からない。

 **

 僕は事業承継の難しさを理解した。
 数十年も同じやり方をしてきたのに、急に変えろと言われても無理がある。
 古参社員は新しいやり方になかなか慣れることができない。
 反抗する者もいるだろうし、ついていけなくて役立たずだと悲観する者もいるだろう。

 この問題はどの会社にも起こり得る問題だ。

 僕は垓のダイジェスト映像を見てそう思った。

<その2に続く>
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