第4話 労働時間を増やしてみよう!(その1)

文字数 2,322文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 インフレ政策を却下された僕たち国家戦略特別室。次の案を考えることにする。

 一人当たりの生産性を上げる方法として茜が言っていたのは……業務の効率化と労働時間の増加だったはず。
 業務の効率化に関しては、民間企業が努力しているだろうから僕たちが提案できるようなことはないのかもしれない。とはいえ、一応考えておくべきだろう。

「業務の効率化する方法って、何かイメージある?」僕は茜に確認する。

「業務を効率化ね……業務を効率化しても、生産性はそんなに変わらないと思うよ」

 茜も否定的な意見を持っているようだ。僕は理由を尋ねる。

「そうかな?」
「そうだよ。だって、業務効率化で生産性が上がるんだったら、とっくに成果が出てるって」
「まぁ、そうかもしれない。でもさ、業務効率化をしているのは大企業だけ。中小企業が業務効率化すれば生産性は上がるんじゃないかな?」
「上がると思うよ」
「じゃあ、なんで?」
「コストが掛かるだろ。中小企業はそんな金ねーよ」
「コストを政府が出すのはどうかな?」
「政府が出したら財政がますます悪化するだけだ。そして、ちょっとしか生産性は上がらない。要は、コスパが悪いんだよ」

 茜の言ったことは間違いではないと思う。
 中小零細企業の業務処理を自動化できれば生産性は向上するだろう。でも、中小零細企業には資金がない。だから、設備投資やシステム投資に掛かる資金を政府が補助しないといけない。しかし、日本政府には全国の中小企業に行き渡るような補助金を出せる体力はない。

「じゃあ、どうするの?」と僕は茜に尋ねる。

「生産性を上げるのは諦める。生産性はそのままで労働時間を増やせばいいんだよ」
「働き方改革に逆行するよね?」

 政府は労働者のワークライフバランスを充実させるために働き方改革を推進している。
 働き方改革によって、「残業時間は減り、家事や子育てに時間を確保することができた!」と政府はアピールしている。
 だが、働き方改革では一人当たり生産性は上がらない。結果として生産性は変わらずに労働時間が減ったから、GDPにはマイナスに作用する。

 茜の言いたいことを式で書くとこういうイメージだ。

 1人当たりGDP(円) = 一人当たり生産性(円/時間) × 労働時間

 一人当たり生産性が変わらないとすると、一人当たりGDPは労働時間が増えれば上がる。
 だから、労働時間を増やそうと言ってるのだ。
 でも、現状の政府の方針とは真逆の方向だ。

「そんなことない」と茜は否定する。

「そんなことない? 残業時間を増やしたら、今までの政府の方針と矛盾するよね?」
「残業時間は増やさないよ」
「じゃあ、どうやって労働時間を増やすの?」
「副業だ!」
「副業を推奨するってこと?」
「そう。残業を減らすように働き方改革をしているから、労働者は時間を持て余しているはずだ。空いた時間を副業に充てて稼げばいい」

 茜は「定時に退社して家に帰っても暇だろう?」と言いたいらしい。それは人によると思うのだが……

「そんなに都合良く増えるかな?」
「やり方次第だ。柔軟に考えればいい」
「柔軟に?」

 茜はニヤニヤしている。
 僕は嫌な予感がした。茜がこういう顔をしているときは良くないことを考えているときだ。

「守秘義務がキツくない業界だったら、同業で労働者をシェアすればいい」
「ワークシェアリングみたいな感じかな?」
「そう、ワークシェアリングとも言える。例えば、セブンイレブンの店長が朝9時から夕方5時まで働くとする」
「9時5時だから定時上がりだね」
「その後、その店長は1時間休憩した後、ファミリーマートの店長として午後6時から午後11時まで働くんだ」

「別会社だから残業規制がないね。そうすると、店長はセブンイレブンで7時間働いた後、5時間ファミリーマートで働くから、労働時間は12時間か……」
「そう。同じく、ファミリーマートの店長は定時で帰った後、セブンイレブンの店長として働く。こうすれば、コンビニ店長の副業を利用したワークシェアリングが成立する。日本経済に貢献するよー」

 茜が言っているのはこういうイメージ(図表58)だ。セブンイレブンとファミリーマートの店長であるAさんとBさんが、勤務終了後に入れ替わる。それぞれのコンビニチェーンにとって即戦力となる店長を相互に融通することで、店舗運営を円滑に行うことができる。
 東京都心などのコンビニ密集地では特に有効な戦略となるだろう。

【図表58:コンビニ店長のワークシェアリング】



 この作戦は会社単体で見れば労働時間の超過はない。
 でも、労働者はいろんな会社から全体として長時間労働を強いられることになる。これを許していいのだろうか?

「すっごい……ブラック企業じゃない?」
「会社はホワイトだよ。労働者は残業していないんだからさー。労働者が『副業したい!』というから、会社は雇っているだけだ」
「そうなんだけどさ……」

 僕には判断がつかないから、新居室長に確認することにした。

「どう思います?」
「うーん。どうだろ? 限りなく黒に近いグレーだよね」
「垓でシミュレーションしてみますか?」
「そうねー。そうしよっか」

 僕も新居室長も乗り気ではないものの、茜の提案をシミュレーションすることにした。

 僕はスーパーコンピューター垓に労働力不足を補うために、大企業に副業での雇用を強制するワークシェアリング法案(労働基準法の改正)の可決をインプットした。

 垓のシミュレーションは20分で終了したから、それなりに期待できるかもしれない。
 茜の案なのが癪なのだが。

<その2に続く>
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み