第4話 労働時間を増やしてみよう!(その3)

文字数 1,303文字

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 鈴木さんが睡眠時間を削って働く理由に興味を持ったディレクターの加藤さん。
 ひょっとしたら、加藤さんは「病気の手術費のために……」のような展開を期待しているのかもしれない。

 ディレクターの加藤さんは周りの人に聞こえないように小声で鈴木さんに話しかけた。

「この労働環境は超ブラック……ですよね?」
「まぁね。ブラックだね」

 鈴木さんにはブラックな労働環境である自覚はあるようだ。
 であれば、鈴木さんはなぜ働くのか? ディレクターの加藤さんは確信に迫る。

「僕には信じられないんですけど……こんなに働く必要があるんですか?」
「難しい質問だね。でもさ、僕の一存で副業を辞めるわけにはいかないんだ」

 鈴木さんは上司に弱みでも握られているのだろうか?
 それとも、他の理由があるのか……

「副業するかどうかは鈴木さんの自由ですよね? 『鈴木さん一存では辞めれない』ってどういうことですか?」
「えぇっとね、僕がこのシフトに入らないと他の2人に迷惑が掛かるんだ」
「シフト? どういうことですか?」
「うーん……紙に書いた方が分かりやすいかな」

 鈴木さんはそういうと、持っていた紙の裏に図(図表59)を書いた。

【図表59:鈴木さんのシフト】

 

 鈴木さんはディレクターの加藤さんに図を示しながら説明する。

「僕は〇林組の正社員だ。午前9時から午後6時まで〇林組の仕事をする。その後、〇島建設に行くんだけど、僕の代わりに〇林組の仕事をしてくれるBさんがいるんだ。Bさんは〇中工務店の正社員だね」

 鈴木さんは、自分と〇中工務店のBさんが交代していることを指し示した。

「あ、3人で順番に入れ替わっていくんですね」
「そう。僕が〇中工務店の仕事をしている間は、〇島建設のAさんが僕の仕事(〇林組)をしてくれる」
「へー。そうすると、鈴木さんたちは3人一組で副業している。鈴木さんが副業を辞めたらAさんとBさんに迷惑が掛かる。だから辞めれない。そいうことですね?」
「そうだね」
「でも、辞めたかったら辞めればいいと思うんですけど……」

 鈴木さんは何と説明するかを考えている。

「加藤さんは囚人のジレンマって分かる?」
「最終的にどっちかが自白するってやつですね」

【図表59-1:囚人のジレンマ】


※囚人のジレンマとは、捕まった囚人が自白するかしないかを決定するゲームです。
囚人AとBが両方とも自白したら懲役5年(ケース1)です。どちらか一方だけが自白したら、自白した方だけが釈放され、もう一方は懲役10年となります(ケース2とケース3)。
囚人AとBが両方とも自白しない場合は懲役2年となります(ケース4)。
最適解はケース4なのですが、通常は囚人の一方が裏切ってしまい最適解に辿り着かないジレンマを説明するゲーム理論です。司法取引も同じ理屈です。

「そう。あれは日本人には向かないんだよ」
「誰も裏切らないってことですか?」
「うん、日本人は裏切らない。僕が副業を辞めたらAさんとBさんに迷惑が掛かる。だから、お互いの最適解である副業の継続を選択するんだ」

<その4に続く>
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