【19】林海峰の回想―2代目教主誕生
文字数 2,122文字
気がつくと海峰は、自室の寝台に横たわっていた。
傍には祖父の林国祥 が座っている。
海峰が起きようとするのを、彼は手で制して言った。
「お前は今朝、土牢の前で倒れているところを、食事を運んだ者に発見されたのだ。
あの場所で何があったのか話してくれないか」
祖父の言葉はいつになく穏やかだった。
「その前に、爸爸 はどうなりました?」
「牢内でこと切れていた。穏やかな死に顔だったよ」
祖父の言葉に、海峰は激しい心の痛みを覚えた。
寡黙だった父との間に、それ程多くの思い出があった訳ではなかったが、海峰は父の紫嶺 が好きだった。
その父の死の直接の原因が自分にあることを、今更ながら強く認識したからだ。
悄然と黙している海峰を、傍らの祖父は黙って見つめていた。
その静かな顔を見た海峰は意を決し、今日自分が体験したことを余さず祖父に語った。
海峰の話を聞き終えた国祥はしばらく沈思していたが、徐 に口を開くと、喜びを堪え切れないような口調で言った。
「お前の話はよく分かった。
そうか、ついに現れたか。
我ら九天応元会 の徒が、この日をどれ程待ちわびたことか。
海峰よ。
お前は本日この時より、我が教団の二代目教主となるのだ」
「教主!?2代目?」
祖父の宣言を聞いた海峰はその意味が全く理解できず、驚きのあまり絶句してしまった。
そんな孫に対して、国祥は普段の厳格さを感じさせない優しい口調で語り掛けた。
「お前が驚くのも無理はない。
しかしこれは我らが始祖、清虚大老爺 が決められたことなのだ」
「大老爺ですか…」
「そうだ。お前も聞いておろうが。
大老爺は我らには計り知れぬ力を持っておられた。
その力で神と会話することすら出来たと伝えられている。
我ら凡夫には想像すら出来ないことだったが、儂は今お前の話を聞いて、お前のその力こそが、大老爺と同じ力なのだと確信した。
大老爺は仰られた。
自身と同じ力を持つものを教主とせよと。
しかし大老爺が亡くなられてからこれまで、その様な力を持つものは教団内に生まれなかったのだ。
お前の父も特異な力を持っていたが、お前のその力には遠く及ばなかった。
海峰よ。お前こそが大老爺のご意思を継ぐ者なのだ」
「待って下さい、爷爷 。
私には爷爷が何を仰っているのか、皆目見当がつきません」
「無理もない。
お前にとっては唐突すぎる話だろうからな。
しかし海峰よ。これはお前にとって、避け得ぬ運命なのだ」
そう言って国祥は海峰を誘 い、教団幹部たちの前に立たせると、彼が二代目教主となったことを宣言した。
驚いたことに、その場にいたすべての人々が、国祥の言葉に一切異論を挿まず、海峰を教主として受け入れたのだった。
***
ここまで林海峰の話を聞いた永瀬は、只々圧倒されて言葉を失っていた。
目の前で静かな笑みを湛えている男が語った内容が事実であったとすれば、彼が40年余りの人生の中で築き上げてきた常識を、根底から覆してしまう程のインパクトを持っていたからだ。
林海峰曰く。
人間には精神世界があり、他者の精神世界の中に侵入し、その世界を制御する者が存在する。
しかもその存在は<神>なのだと言うのだ。
さらに目の前に座っているこの男は、自分と他者の精神世界を行き来した経験を有しているというのだ。
そしてあろうことか、<神>を自身の精神の中に閉じ込めていると言うのだ。
永瀬には到底受け入れられる内容ではなかった。
「林さん、申し訳ないが、私には貴方の仰った内容が事実であると、受け入れることは出来ない。
他人の精神の中に出たり入ったりするなんて」
貴方は精神を病んでいるんじゃないですか?――という言葉を、永瀬は辛うじて呑み込んだ。
しかし狼狽 える彼に向かって、海峰は静かな、しかし拒絶することが叶わない厳然とした口調で応えた。
「永瀬先生。先生のお考えは至極当然のことと思います。
私自身も当初は、自分が体験したことが只の夢にではないかと疑った程です。
しかしそれは現実の体験でありました。
そして私は現にこうして九天応元会教主の座にいます」
「しかしそれが事実であることを、私は確認出来ない。
もちろん貴方が教主であることを疑う訳ではありません。
しかしそのことが、今貴方がお話になったことが事実であることの証明にはならないと思います」
「さすがに一流の科学者でいらっしゃいます。
仰る通り私の体験談は先生にとっては、おそらく宇宙人やUMA(未確認動物)に遭遇したという話と、大差のない話だということは承知しております。
しかし私は妄言を吐いているのでも、精神に障碍をきたしているのでもありません。
ですので、事実と思われるかどうかは置いて、私の体験した内容を先生のご記憶に留めていただきたいのです。」
そう締めくくる林に、永瀬は沈黙した。
「ところで先生、随分と長くなってしまいました。そろそろお開きにしませんか?」
そう言って立ち上がろうとする林に向かって、永瀬は訊いた。
「林さん、一つ教えて下さい。
貴方のお話が事実であったという前提でお訊きしますが、貴方のお父さんの精神の中にいた者とは、本当に<神>だったのですか?」
「私はそれを<神>であると考えています。
正確にはかつて<神>であった者です」
林の答えに、永瀬はこの日何度目かの言葉を失った。
傍には祖父の
海峰が起きようとするのを、彼は手で制して言った。
「お前は今朝、土牢の前で倒れているところを、食事を運んだ者に発見されたのだ。
あの場所で何があったのか話してくれないか」
祖父の言葉はいつになく穏やかだった。
「その前に、
「牢内でこと切れていた。穏やかな死に顔だったよ」
祖父の言葉に、海峰は激しい心の痛みを覚えた。
寡黙だった父との間に、それ程多くの思い出があった訳ではなかったが、海峰は父の
その父の死の直接の原因が自分にあることを、今更ながら強く認識したからだ。
悄然と黙している海峰を、傍らの祖父は黙って見つめていた。
その静かな顔を見た海峰は意を決し、今日自分が体験したことを余さず祖父に語った。
海峰の話を聞き終えた国祥はしばらく沈思していたが、
「お前の話はよく分かった。
そうか、ついに現れたか。
我ら
海峰よ。
お前は本日この時より、我が教団の二代目教主となるのだ」
「教主!?2代目?」
祖父の宣言を聞いた海峰はその意味が全く理解できず、驚きのあまり絶句してしまった。
そんな孫に対して、国祥は普段の厳格さを感じさせない優しい口調で語り掛けた。
「お前が驚くのも無理はない。
しかしこれは我らが始祖、
「大老爺ですか…」
「そうだ。お前も聞いておろうが。
大老爺は我らには計り知れぬ力を持っておられた。
その力で神と会話することすら出来たと伝えられている。
我ら凡夫には想像すら出来ないことだったが、儂は今お前の話を聞いて、お前のその力こそが、大老爺と同じ力なのだと確信した。
大老爺は仰られた。
自身と同じ力を持つものを教主とせよと。
しかし大老爺が亡くなられてからこれまで、その様な力を持つものは教団内に生まれなかったのだ。
お前の父も特異な力を持っていたが、お前のその力には遠く及ばなかった。
海峰よ。お前こそが大老爺のご意思を継ぐ者なのだ」
「待って下さい、
私には爷爷が何を仰っているのか、皆目見当がつきません」
「無理もない。
お前にとっては唐突すぎる話だろうからな。
しかし海峰よ。これはお前にとって、避け得ぬ運命なのだ」
そう言って国祥は海峰を
驚いたことに、その場にいたすべての人々が、国祥の言葉に一切異論を挿まず、海峰を教主として受け入れたのだった。
***
ここまで林海峰の話を聞いた永瀬は、只々圧倒されて言葉を失っていた。
目の前で静かな笑みを湛えている男が語った内容が事実であったとすれば、彼が40年余りの人生の中で築き上げてきた常識を、根底から覆してしまう程のインパクトを持っていたからだ。
林海峰曰く。
人間には精神世界があり、他者の精神世界の中に侵入し、その世界を制御する者が存在する。
しかもその存在は<神>なのだと言うのだ。
さらに目の前に座っているこの男は、自分と他者の精神世界を行き来した経験を有しているというのだ。
そしてあろうことか、<神>を自身の精神の中に閉じ込めていると言うのだ。
永瀬には到底受け入れられる内容ではなかった。
「林さん、申し訳ないが、私には貴方の仰った内容が事実であると、受け入れることは出来ない。
他人の精神の中に出たり入ったりするなんて」
貴方は精神を病んでいるんじゃないですか?――という言葉を、永瀬は辛うじて呑み込んだ。
しかし
「永瀬先生。先生のお考えは至極当然のことと思います。
私自身も当初は、自分が体験したことが只の夢にではないかと疑った程です。
しかしそれは現実の体験でありました。
そして私は現にこうして九天応元会教主の座にいます」
「しかしそれが事実であることを、私は確認出来ない。
もちろん貴方が教主であることを疑う訳ではありません。
しかしそのことが、今貴方がお話になったことが事実であることの証明にはならないと思います」
「さすがに一流の科学者でいらっしゃいます。
仰る通り私の体験談は先生にとっては、おそらく宇宙人やUMA(未確認動物)に遭遇したという話と、大差のない話だということは承知しております。
しかし私は妄言を吐いているのでも、精神に障碍をきたしているのでもありません。
ですので、事実と思われるかどうかは置いて、私の体験した内容を先生のご記憶に留めていただきたいのです。」
そう締めくくる林に、永瀬は沈黙した。
「ところで先生、随分と長くなってしまいました。そろそろお開きにしませんか?」
そう言って立ち上がろうとする林に向かって、永瀬は訊いた。
「林さん、一つ教えて下さい。
貴方のお話が事実であったという前提でお訊きしますが、貴方のお父さんの精神の中にいた者とは、本当に<神>だったのですか?」
「私はそれを<神>であると考えています。
正確にはかつて<神>であった者です」
林の答えに、永瀬はこの日何度目かの言葉を失った。