【11-2】Metamorphose(2)

文字数 1,970文字

「何故だ」
「以前私がこの連続殺人犯に、形態的な変化が起きている可能性を示唆したのを憶えているかね?フィル」

「ああ、憶えてるよ。
今回俺があのパブの店員の話に引っかかったのはそのせいだ。

だがな、ブライアン。
あんな風に口が裂けて歯が増えるなんてことが、わずか1か月あまりの間に起こるとは信じられねえ。
やっぱり奴はトーラスとは別人と考えた方が、筋が通るんじゃないのか?」

「あの時も説明したと思うが、私の推論つまり、あんな風に口が裂けて歯が増えるなんてことが、わずか1か月あまりの間に起きたというのは、科学的な根拠から導き出されたものなのだよ。

まあそれについて今更君と論争するつもりはないがね。
彼の部屋から採取された標本を、現在DNA鑑定に回している。
その結果が出れば、彼がベンジャミン本人であるかどうかについては、すぐに明確になるだろう。

さて彼がベンジャミンかどうかは、今は置いて、彼の肉体的変化が後天的に起こったという前提で話そう。いいかね?」

バドコックは沈黙したままだった。
ケスラーの饒舌に口を挿む気力を、既に喪失していたからだ。
その沈黙を肯定と判断してケスラーは続けた。

「何が原因となって、彼はあの様な肉体的変貌を遂げたのか?
例えば薬物と特殊な肉体的鍛錬を組み合わせることで、骨格筋の増強自体は可能だろう。

両腕に関しては、その可能性はそれ程低くない。
しかし顔に関しては、その様な方法は不可能に近い。

そもそも上顎部と下顎部の骨格自体が変形している。
口裂に関しては、外科的に広げることは不可能ではない。

しかし歯は無理だ。
なにしろ本来上下8本しかない切歯が、彼には16本あったと推定される。

犬歯は元の配列に収まっていたが、臼歯は切歯によって奥に押しやられていた。
しかもかなり短時間でだ。
勿論彼が、少し前まで郵便配達員をしていたという前提だが」

「繰り返すが、奴がベンジャミン・トーラスだと確定した訳じゃないぞ」

「君の主張はまったく正しい。
私が先程解剖した男が、ベンジャミンではない可能性はあるだろう。

だが彼が別人だとしても、人間である限り結論は同じだ。
彼があの様な肉体的変化をもたらす化学物質を、知らないうちに食物や薬物として長期間摂取することによって体内に蓄積させていたとしよう。

その場合彼の肉体の変化も、短期間ではなく、ある程度の時間を経て進行すると思われる。
つまりあの様な肉体の急激な変化の原因を、何らかの外的要因に帰することは極めて困難なのだ」

「大量の放射線を浴びたら、ああならないのか?」
バドコックは思い付きを口にしたが、即座に否定された。

「ふむ、面白い仮説だ。
放射線の照射や薬物の投与、生化学的手法による遺伝子操作などで、人間をモンスターに変身させる可能性はゼロではないだろう。
しかしそれは、小説や映画の世界の話だよ、フィル。

放射線によって、あの様に特定の部位だけが影響を受けるとは考えられないし、そもそも、あれ程劇的な変化を引き起こす量の放射線に被爆したら、人間の肉体は持たない。
とっくに死んでしまっているだろう。薬物にしても同じだ」

「じゃあ、あの怪物は、どうやって出来上がったと言うんだ?え?」

「外的要因が否定されるのであれば、内的要因ということになる。
その場合考えられるのは、ある種の疾患による後天的変化だ。

しかし私は、その可能性は殆どないと考えている。
確かに人体を局所的に肥大化させたり、あるいは変形させたりする疾患が存在することは事実だ。

しかし彼の形態変化は、詳細な検証は必要ではあるが、これまで報告されている様々な症例とは明らかに異なっている。
その相違点について君に説明することは吝かではないが、今は時間の関係で割愛しよう。それとも聞きたいかね?」

バドコックは黙って首を横に振った。
「よろしい、では結論に移ろう。
彼の肉体の変容は、おそらく内的要因に起因するものと推察されるが、その原因が何かは不明だ」

「おい!ふざけるなよ」
バドコックはその言葉に思わず怒声を上げた。しかしケスラーは全く動じることなく、彼を制して続ける。

「待ちたまえ、フィル。まだ続きがあるのだよ」
その言葉に、暴発しそうな自身の感情を無理やり抑え込むと、バドコックは話を聞く姿勢を取る。

「私だってあの様な肉体の劇的変化が、そんな短期間で起こるとは信じたくない。
それに加えてその原因を、何がしかの疾患や放射線、薬物などの、我々が理解しやすい要因に求めたいのはやまやまだ。

原因不明とするよりも、その方が安心出来るからね。
しかし、それは無理なんだ。

そして私は同様の事例を知っている。
だから原因不明という、とても不本意な結論を選択せざるを得ないんだよ」

「他にも知ってるだと?」
「そうだよ、フィル。今から32年前の話だ」
沈黙するバドコックを前に、ケスラーの述懐が始まった。
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