【10-4】追い詰められた咬殺魔(4)
文字数 1,697文字
バドコックが到着し時、現場は何故か不思議な静けさに包まれていた。
一目でそれとわかる程赤く染まった地面の周囲を、鑑識担当者が行き交いながら黙々と作業を行っている。
その周囲には数人の警官が、1人残らず激しい怒りを内に押し込めたような表情で立っていた。
同僚の警官が襲われ負傷したのだから当然だろう。
バドコックの心も怒りで爆発しそうだった。
襲われたジェシカ・ミルトンという女性警官の姿はそこにはなく、既に病院に運ばれた後のようだ。
少し離れたベンチには、制服を血で真っ赤にした男の制服警官が1人、頭を抱え込んだまま座っていた。
ジェシカの相棒だろう。
「犯人はどうした?」
バドコックの問いに、1人の警官が少し怯えたような表情を浮かべると、20ヤード程先の藪の方向を指し、「あっちに逃げたようです」と答えた。
その時バドコックの中から、抑えきれない憤怒が溢れて出してきた。
「それが分かってて、何をこんな所でぼやぼやしていやがるんだ?
お前らは木偶か?
とっとと追いかけて捕まえて来い!」
その剣幕に弾かれるように一斉に直立した警官たちは、その場から逃げ出す勢いで、藪の方に向かって突進していった。
その姿を憤然として見送っていたバドコックの背後から、
「警部、奴は貯水池の方に逃げたようです。今そっち方面に非常線を張らせてます」
と、ウィットマンが声を掛けた。
その冷静な声に、バドコックのテンションは、急激に平常状態に戻って行く。
振り向いたバドコックは、「貯水池はここからどれくらいだ?」と確認する。
すぐに、「1マイルくらいです」という返事が返ってきた。
ウィットマンに、この場に残ってベンチの警官から事情聴取するように指示すると、バドコックは残り2人の刑事を連れて貯水池方面に向かった。
速足で20分程歩き、かなり息切れがしてきた頃に、非常線が敷かれた現場が見えてきた。
現場付近は、幾つかの貯水池と、リー川の流れが入り組んだ場所だった。
バドコックはその場の指揮を取っている、顔見知りの制服警官に声を掛け、状況を報告させた。
「公園の現場からこっち方向に、30名の警官を動員して追い込んでいます。
こんな状況ですから急いで拳銃を取り寄せて、全員に武装させています。
包囲の網から漏れないように慎重にやらせていますから、ご心配なく。
公園内で確保されなければ、もうすぐこっちに姿を現すと思われますが、見ての通り100人以上がこの付近に配備されてますから、出てきたら必ず捕まえますよ」
ベテラン指揮官の報告を聞いたバドコックは、
「人数が多いからといって油断するなよ」
と、一言注意した。
指揮官は、
「分かってますよ」
と応えると、踵を返して配備された警官の群れの方に戻って行った。
バドコックが現場を見渡すと、貯水池沿いの歩道は警官隊が持ち込んだ照明で明るく照らされていた。
一方で公園に続く雑木林は暗闇の中に沈んでいく。
――あの闇の中に潜んで、奴は何を考えているのだろうか?
バドコックは、あのアパートの部屋から飛び出し、自分を振り向いた時の犯人の顔を思い出していた。
その相貌はケスラーが予想していたように、およそ人間とは思えないものだった。
しかしその表情は、自分が置かれている状況がまるで分かっていないような、当惑と怪訝さが入り混じったものに映った。
少なくとも連続殺人犯が、殺害現場から逃走する状況にはおよそそぐわない、何か場違いなものだった。
――何故奴はあんな表情を浮かべていたのだろう?
あの状況、殺人現場を第三者に見とがめられた場合には、通常怯えや驚き、場合によっては怒りの表情を見せるのが、バドコックがこれまで見てきた殺人犯に共通する特徴だった。
しかしあの男は怪物じみた顔に、はっきりと怪訝さを浮かべていた。
まるで自分が今置かれている状況が理解出来ないかの様に。
その妙な違和感が、気持ちの中にわだかまって徐々に膨らんで来ている。
そしてそのことが、容疑者を追い詰めている時に彼がいつも感じる、ある種の高揚感を阻害しているのだ。
その結果、何となく気分が塞いで機嫌が悪い。
部下の刑事たちも彼の不機嫌を敏感に察して、黙々と後ろをついて歩くだけだった。
一目でそれとわかる程赤く染まった地面の周囲を、鑑識担当者が行き交いながら黙々と作業を行っている。
その周囲には数人の警官が、1人残らず激しい怒りを内に押し込めたような表情で立っていた。
同僚の警官が襲われ負傷したのだから当然だろう。
バドコックの心も怒りで爆発しそうだった。
襲われたジェシカ・ミルトンという女性警官の姿はそこにはなく、既に病院に運ばれた後のようだ。
少し離れたベンチには、制服を血で真っ赤にした男の制服警官が1人、頭を抱え込んだまま座っていた。
ジェシカの相棒だろう。
「犯人はどうした?」
バドコックの問いに、1人の警官が少し怯えたような表情を浮かべると、20ヤード程先の藪の方向を指し、「あっちに逃げたようです」と答えた。
その時バドコックの中から、抑えきれない憤怒が溢れて出してきた。
「それが分かってて、何をこんな所でぼやぼやしていやがるんだ?
お前らは木偶か?
とっとと追いかけて捕まえて来い!」
その剣幕に弾かれるように一斉に直立した警官たちは、その場から逃げ出す勢いで、藪の方に向かって突進していった。
その姿を憤然として見送っていたバドコックの背後から、
「警部、奴は貯水池の方に逃げたようです。今そっち方面に非常線を張らせてます」
と、ウィットマンが声を掛けた。
その冷静な声に、バドコックのテンションは、急激に平常状態に戻って行く。
振り向いたバドコックは、「貯水池はここからどれくらいだ?」と確認する。
すぐに、「1マイルくらいです」という返事が返ってきた。
ウィットマンに、この場に残ってベンチの警官から事情聴取するように指示すると、バドコックは残り2人の刑事を連れて貯水池方面に向かった。
速足で20分程歩き、かなり息切れがしてきた頃に、非常線が敷かれた現場が見えてきた。
現場付近は、幾つかの貯水池と、リー川の流れが入り組んだ場所だった。
バドコックはその場の指揮を取っている、顔見知りの制服警官に声を掛け、状況を報告させた。
「公園の現場からこっち方向に、30名の警官を動員して追い込んでいます。
こんな状況ですから急いで拳銃を取り寄せて、全員に武装させています。
包囲の網から漏れないように慎重にやらせていますから、ご心配なく。
公園内で確保されなければ、もうすぐこっちに姿を現すと思われますが、見ての通り100人以上がこの付近に配備されてますから、出てきたら必ず捕まえますよ」
ベテラン指揮官の報告を聞いたバドコックは、
「人数が多いからといって油断するなよ」
と、一言注意した。
指揮官は、
「分かってますよ」
と応えると、踵を返して配備された警官の群れの方に戻って行った。
バドコックが現場を見渡すと、貯水池沿いの歩道は警官隊が持ち込んだ照明で明るく照らされていた。
一方で公園に続く雑木林は暗闇の中に沈んでいく。
――あの闇の中に潜んで、奴は何を考えているのだろうか?
バドコックは、あのアパートの部屋から飛び出し、自分を振り向いた時の犯人の顔を思い出していた。
その相貌はケスラーが予想していたように、およそ人間とは思えないものだった。
しかしその表情は、自分が置かれている状況がまるで分かっていないような、当惑と怪訝さが入り混じったものに映った。
少なくとも連続殺人犯が、殺害現場から逃走する状況にはおよそそぐわない、何か場違いなものだった。
――何故奴はあんな表情を浮かべていたのだろう?
あの状況、殺人現場を第三者に見とがめられた場合には、通常怯えや驚き、場合によっては怒りの表情を見せるのが、バドコックがこれまで見てきた殺人犯に共通する特徴だった。
しかしあの男は怪物じみた顔に、はっきりと怪訝さを浮かべていた。
まるで自分が今置かれている状況が理解出来ないかの様に。
その妙な違和感が、気持ちの中にわだかまって徐々に膨らんで来ている。
そしてそのことが、容疑者を追い詰めている時に彼がいつも感じる、ある種の高揚感を阻害しているのだ。
その結果、何となく気分が塞いで機嫌が悪い。
部下の刑事たちも彼の不機嫌を敏感に察して、黙々と後ろをついて歩くだけだった。