【35-2】神と進化(2)

文字数 2,246文字

「2点目は、これまで教団が研究してきた多くの宗教に、<創造神>が存在することです。
特にエイブラハムの宗教においては、<神>即ち<造物主>として定義されています。

我々は<神>が実在することを前提に研究を行ってきました。
そして<神>が実在するのであれば、<神>が世界のすべての生命を創造したという教義も、事実を反映したものではないかと考えたのです」

「その発想は荒唐無稽ではありませんか?
現実に地球上での生命の進化の過程は、科学的検証によって証明されていると思います」
永瀬はそう主張したが、林は全く動じない。

「仰る通りです。
勿論我々も、旧約聖書で語られている如く、<神>が無から人間を創造したと考えた訳ではありません。

ただ私は、<神>がこの地球上で起こった生物進化のプロセスに、密接に関わることで、最終的に人間という種が創造されたということが、聖書の記述の由来ではないかと考えました。

そしての契機となったのが、カンブリア大爆発というキーワードでした」
「カンブリア大爆発ですか」
そう反芻しながら、永瀬は自身の記憶を辿った。

「そうです。
今から約6億年前、先カンブリア時代と呼ばれる地質代の終盤に、この惑星の海の中で生物の進化にとって、非常に重要なイヴェントが発生したと考えられています。
その時代に起こったとされる、生物遺伝子の同時多発的な多様化現象です。

それはその次の時代、カンブリア大爆発と呼ばれる、生物相の急激な多様化へと引き継がれたとされています。
そして現在に至るまでの、生物の進化の根本は、この時代に求めることが出来ます。

何故なら、現在知られているほぼ全ての動物門の起源生物が、カンブリア紀に出現した可能性があることが、これまでの研究によって明らかになっているからです。

そして種の分化が、遺伝子の突然変異の結果であることは、既に周知の事実です。
つまりその時代に起こった、爆発的な生命の多様化現象は、その数の分だけ、同時多発的な突然変異を伴っていたことになります。

そのようなことが、環境要因のみで偶発的に起こったのだろうか?
むしろ第三者が、突然変異という進化のトリガーを、意図的に引き続けてきたのではないだろうか?

我々はそう考えたのです。
そしてその進化のトリガーを引き続けてきたのが、<神>ではないかと推測したのです」

「林さん、貴方の主張はどこかで聞いた憶えがあります。
よく思い出せないが、多分アメリカでキリスト教信者の方々が、同様の主張しているのではないですか?」
永瀬は、自分の曖昧な記憶を確認するように、そう問うた。

「インテリジェントデザインですね?」
林からは、間髪置かずに回答が返って来た。そのことも想定済みだったようだ。
「そ、そうです。確かその様な名前で呼ばれる、市民運動のようなものでしたね?」

「仰る通りです。
ジョージ・ブッシュ元大統領が、進化論と並んで理科の授業で教えるべきだと主張して話題になりました。

しかし私の仮説は、インテリジェントデザインの考え方とは少し異なります。
インテリジェントデザインという思想は、生物の進化を含む自然界の現象は、単に自然的な要因のみで説明が出来ない。
そこには<偉大なる知性>の意思や構想が働いているというものです。

つまり生物の進化は、環境要因などの物理的な事象に起因する、単なる突然変異の連鎖の結果ではなく、<偉大なる知性>が描いたデザインに沿って行われたものであるという考え方です。

人間とは<偉大なる知性>イコール<神に近い存在>、または<神>そのものが設計したものであり、その設計に向かって進化という形態的変化を繰り返すことによってたどり着いた結果、すなわち<神>の創造物であるとする主張です」

「人間は偶然の産物ではなく、最初から今の様な姿になるよう、設計されていたということですね?」
「そうです。しかし我々の考えは、インテリジェントデザインとは逆なのです」
「逆とは?」

「結果に至るプロセスが逆という意味です。
人間とは、初めから進化の最終形としてデザインされ生み出された結果ではなく、数多の試行錯誤の末に絞り込まれていった結果ではないかと考えているのです。

つまり生物の進化とは、<神>が膨大な時間を掛け、多発的かつ継続的に突然変異というトリガーを引き続けた、数億年に渡る壮大な実験ではないかということです。

その実験の結果として、最終的に到達した種が人類であり、それ以外の種はその実験過程で取捨選択され、あるものは絶滅してしまったということです」

「つまり人類は最初から設計されたものではなく、突然変異を繰り返し、絞り込まれることによって生まれた種であるということですね?

そうであれば進化論者の主張と矛盾しない」
林は、永瀬の言葉に頷いた。

「そして突然変異というトリガーを引くためには、遺伝子操作が必要ということですね?
それが<神>によって繰り返し意図的に行われたと」

永瀬がそう念を押すと、やはり林は頷いて肯定した。
「そうです。
それが先程、蔵間先生に質問した、<神>による生化学的介入の意味です」
すると、それまで無言だった蔵間が口を開いた。

「非常に興味深い仮説だ。
しかし先程伝達したように、吾には吾等がその様な介入を行ったという記憶情報がない。

(もっと)も汝の説によるならば、吾が存在を開始する以前に人類は誕生し、<神>による生化学的介入も終了していたということになるのだが。

ところで吾より汝に1つ質問がある。
汝は何故、人類が進化の最終形であると判断するのか?」
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