【18-3】林海峰の回想―神との邂逅(3)

文字数 2,025文字

『己の存在していた過去の情報を、お前は認識したようだな』
そこまで海峰が思い至った時、<己>が彼に問うた。
この世界の中では、彼の思考は<己>に筒抜けのようだ。

「はい、明確に。その上で貴方に幾つか問いたいことがある」
『許可する』

「私は現在、何故この世界にいるのか?」
『己が、己の一部をこの世界から外部に出し、お前の世界と連結しているからだ。
ここはお前の父の世界でもあり、お前の世界でもある』

「それは今、私の世界と父の世界が融合しているということか?」
『融合というよりも、同期しているという方が正確だろう』

「何故貴方は、私とここに呼んだのか?」
『その問いに関しては、後で回答する』

「では次の質問に移りたい」
『許可する』

「貴方は何故、父の世界を移動先として選択したのか?」
その問いを発した途端、海峰の意識に、新たな<己>の記憶情報が流れ込んで来た。

父の紫嶺(ヅゥリン)は2か月前に、ある男を訪ねていた。
そしてその男の精神世界に、<己>が存在していたのだった。

父はそれ以前にも数回、その男の元を訪れ面談していたらしい。
教団本部の近隣で暮らしていたその男は、奇矯ともとれるその言動ゆえに、周囲から妄人(もうじん)として扱われていた。

しかし紫嶺はその男の言動に興味を持ち、その男を訪ねては、僅かばかりの金銭を与える見返りとして、様々な質問を繰り返していたようだった。

紫嶺が最後に訪れた時、男は死の淵にあった。
仕事先の工事現場での作業中に事故に遭い、瀕死の重傷を負ってしまったからだ。

そのことを知った紫嶺は男が収容された病院を訪れ、男の臨終に立ち会うことになった。
その時<己>はその男の精神世界から、紫嶺の精神世界に移動したのだった。

しかし紫嶺は、何故か<己>の侵入を感知したらしい。
彼は侵入してきた<己>に対して、激しく抵抗した。
その様に抵抗を受けることは、<己>にとっては初めての経験だったようだ。

それまで<己>は、自身の存在を認識させないよう、精神世界の所有者である人間の意識を巧妙に制御しつつ、その世界に適合してきたのだった。
その結果、<己>がこれまで共存してきた人間は、誰1人自身の中の<己>の存在を認識することなく一生を終えていたのだ。

しかし紫嶺に対しては、その方法を放棄せざるを得なかった。
既に彼の精神世界に移動し終えていた<己>は、最早外部に出ることはかなわず、そのまま抵抗を続けられると、自身が消滅してしまうという危機感を覚えたからだ。

そして<己>は、紫嶺の自我を破壊することを選択した。
その結果彼の精神の中核は、自身の精神世界の片隅に追いやられてしまい、林紫嶺としての自我を失った、廃人となってしまったのだった。

海峰は、父を襲った理不尽な出来事を知り、怒りと同時に不可解さを覚えずにはいられなかった。
――爸爸(パーパ)は何故、<己>の侵入を感知出来たのだろう?その様な能力が父にはあったのだろうか?

――それは自分が(かつ)て持っていた、周囲にいる不可視の存在の声を聴く力と同じものなのだろうか?
――すると嘗て自分に語り掛けていた者たちは、この<己>と同じような存在だったのだろうか?

次々と疑問が湧き出てくる。
しかしそれを一旦置いて、海峰は<己>に訊いた。
「それではもう一度質問する。何故貴方は、私をここに呼んだのか?」

『この男を、この場所から物理的に解放するためだ。
お前でない他の人間でもよかったのだが、己が影響を及ぼせる範囲内で、己に反応できたのはお前だけだったのだ。

そのお前がこの男の息子であったことは、非常に興味深い。
お前たち親子には、その様な遺伝的体質が備わっているのかも知れないと、現在己は思考している』

「何故父を、ここから解放する必要があるのか?」

『この男の精神世界が、今まさに崩壊しようとしているからだ。
もはやこの男からは、己の構成を維持するだけのエナジーを得ることが出来なくなると推測される。

今は己がこの男の精神活動を操作して、少量のエナジーを生成させているが、限界に近付きつつある。
従って己は、この男をこの閉鎖された場所から外に出し、この男の精神世界が崩壊する時に、他の人間の精神世界へと移動する必要があるのだ』

「父の精神活動を直接操作することが可能であるならば、何故貴方は父との共存を選択しなかったのか?

父の自我を破壊する程の力があるのであれば、他の人間にそうしてきたように、父の意識を制御して、共存することは難しくなかったのではないか?」

『先程お前に与えた情報を思い出すがいい。
お前の父は己の存在に気づき、激しく抵抗したのだ。
具体的には、己を自身の世界の中で封印しようとしたからだ』

「封印とは?」
『己を精神世界の特定の領域の中に入れ、そこから領域外部への干渉を出来なくすることだ』

「その様な能力が、父にあったというのか?」
そう問いかけながら海峰は、自身の中で何かが起動するのを感じた。
そしてそのことを<己>に感知させてはならないという、強い思いを同時に抱いていた。
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