【35-3】神と進化(3)

文字数 2,200文字

<神>蔵間顕一郎の問いに、<教主>林海峰は即座に反応した。
「それはあなた方を構成する要素が、人間が発するエナジーと同質であるからです。
あなた方は、生物の進化に介入することによって、自身の生存に必要なエナジーを産出する、人類という種に到達したのではありませんか?」

「それは吾等が生物進化に介入した目的が、人類という吾等にとって必要なエナジーを産出する生物を造ることにあったという意味か?
興味深い推論だ。
しかし汝のその推論には、矛盾がある」

「確かにそうです。
蔵間先生が推察されるように、この仮説には1つのパラドックスが存在します。
それは、必要なエナジーを得るために人類を創造したのであれば、それ以前に<神>は、何からどの様にエナジーを得ていたのか?

つまり人類が創造される以前には、<神>は存在し得なかったのではないか、ということです」
「その通りだ」

「残念ながら現時点で、そのパラドックスを解決する明確な答えを、我々は持っておりません。
幾つか候補となる説はありますが、明確な根拠を示すことが出来ないのです。
実は本日貴方から、その解答が得られるのではないかと期待していたのですが」

「汝のその期待には応えられない。繰り返しになるが、吾はそれに関する記憶情報を所持していない」
「残念ですが仕方ありません。さて」
そう言うと林は仕切り直した。

「本日は貴方に、もう1つ質問があります。
貴方はベンジャミン・トーラスという人物をご存じですか?」

「それがケネス・ボルトンの家に、郵便物という情報伝達様式を運んで来ていた人間のことであれば、吾は記憶している」
「では貴方は、そのトーラスという人物の、精神世界に接触したご経験はありますか?」

「吾には一度接触した経験がある。
吾が精神世界の外部に存在していた頃には、人間の記憶から取得する情報を、常に更新する必要があった。

そのために、常に接触可能な範囲に存在する人間の精神世界から、その人間の記憶を複写していたのだ。
一度記憶を複写した対象でも、次には情報が更新されている可能性があるので、可能な範囲に接近する都度接触を行う。

以前にも汝に情報共有したが、吾は人間の時間でいう、コンマ数秒間で人間1人が所有する記憶情報を走査し、必要な情報を複写することが出来る。

しかしあのトーラスという人間への接触は、吾にとって危険であると推察された。
何故ならばあの人間は、吾にとって有害な不純物を大量に、そして定常的に発していたからだ」

「その危険人物の精神世界に、何故接触を試みられたのですか?」

「ケネス・ボルトンとメアリー・ボルトンが、間もなく老化によって生命活動を停止することが高確率で予測されたからだ。
更にあの2人の人間が外出する頻度が、それ以前と比べて激減していた。

従って吾と彼の者は、次に共生を行う人間を探すために、可能な限り速やかに移動する必要があった。
しかし吾等は、単独では自身の空間的位置を把握し、移動することが出来ない。

従って吾等が移動するためには、人間の発するエナジーを感知することで、自身の空間的位置を特定する必要があるのだ。
そして、それを感知するためには、距離的な制約がある」

「つまり、ある程度の近距離にいる人間と一緒でないと、あなた方は移動することが出来ないのですね?
そしてあなた方にとって、人間のエナジーは、ランドマークの様な役割も果たしているのですね?」

「汝の認識は正しい」
「では何故トーラスと共に、より人間の多い場所まで移動されなかったのですか?」

「既に情報共有したが、あのトーラスが発する有害な不純物の量が多過ぎたからだ。
あの人間と至近距離に存在し続けると、吾の構成要素が重篤な傷害を受けることが危惧された。

その結果吾は、あの人間と共に移動することを放棄すべきだと判断したのだ。
しかしその直後に、ケネス・ボルトンとメアリー・ボルトンは病原性微生物によって、深刻な傷害を受け、短時間で生命活動を停止してしまった」

「そしてその後、偶然にボルトン先生宅を訪問された、蔵間先生と美和子さんの精神世界に入られたのですね?」
「そうだ」

「トーラスの発する不純物は、それ程危険だったのですか?」
「吾はあの人間程、信仰心や他の人間に対する、敬愛の感情の量が少ない人間の精神世界を、それ以前に経験したことがなかった。

トーラスの精神世界を構成していたのは、主に自身の現状への不満、他の人間への憧憬と憎悪だった。
そのような構造の精神世界を持つ人間は、多く存在する。

しかしそれに加えてトーラスの精神世界の根底に存在していたのは、それまでに吾が認識したことのない、特異な願望であった」
「特異な願望、ですか」

「そうだ。あのトーラスという人間は、他の人間、汝らの性別分類でいう<女>の頸部を噛みたいという、非常に強い願望を所有いた。
その願望は吾がトーラスの精神世界に接触した段階では意識の表層に現れていなかったようだが、その強さは他のいかなる願望よりも強いものだったのだ。

それは若年期の体験に基づいていたようだ。
社会生活を行う上で、その様な行為は不利益となることをトーラスは認識していたため、それが意識の表層に発現しないよう、無意識にその願望を抑圧する力が働いてはいた。

しかし繰り返しになるが、その実体は、かなり強いものだった。
おそらくその行為が、強烈な快楽を伴っていたことに起因すると推測される」
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