【09-4】急展開(4)

文字数 1,656文字

しばらくの間壁にもたれてとりとめのない思いに耽っていると、階段を駆けのぼってくる複数の足音が聞こえてきた。
踊り場に目をやると、クリストファー・ウィットマンを先頭に見慣れた連中の顔が幾つも近づいてくる。

バドコックの有様を見たウィットマンは、
「警部、大丈夫ですか?それにしても酷い有様ですね。」
と、激しく息を切らしながら訊く。

「ああ、無様過ぎて自分でも嫌になるよ」
そう言いながらバドコックは、ウィットマンの後ろに並んだ部下たちに、部屋に入るよう顎で指示した。

刑事たちが部屋に入るとすぐに、「これは酷いな」という声が中から聞こえて来る。
開いたドアから室内を見たウィットマンも顔を(しか)めた。

その背中に向かってバドコックは、「非常配備は終わったのか?」と訊いた。
「ええ、警部から電話をもらってすぐに、この一帯を中心に半径5マイルの非常線を張ってます。
もう少し広げた方がいいですか?」

「いや、今はそれくらいでいいだろう。聞き込みは?」
「10人ばかり動員して、この近辺で目撃者探しをさせてます。
ところで警部は犯人の野郎を見たんですか?」

バドコックは束の間躊躇したが、
「逃げていく後姿はな。
中から飛び出してきた拍子に、突き飛ばされてこの様だよ。
まったく見っともねえ」
と部下に告げた。

敢えて自分が見た犯人の容姿について部下に伝えなかったのは、言ったとしても納得させるのに骨が折れるだろうし、何より自分がまだ半信半疑だったからだ。

「そうですか。服装とかはどうでした?」
「下は穿いていたが、上は裸だったよ」

「裸ですか?じゃあ、目立つな。
聞き込みの連中と、それからヤードに連絡して非常線を張ってる連中にも、そのこと伝えときますわ」
そう言うとウィットマンは携帯を取り出し、少し離れた場所で連絡をとり始めた。

その時、室内から若い刑事が1人出てきた。
「警部、被害者は首筋をごっそりと抉られてます。」

「他に外傷はないのか?」
「今のところ見つかってません。やっぱり例の奴ですかね?」
「まあ結論は検視の結果が出てからだが、十中八九間違いないだろう。
被害者の身元は分かったのか?」

「ええ、身分証を持ってました。
ダイアナ・リヴェラ、26歳、ハーリンゲイの西地区に住んでます。
職業は今のところ不明ですが、入り口付近にデリバリーのピザが散らばってましたんで…」

「多分パブの店員だろう」
「え?何で分かるんです?」

「いいから、この前の被害者の発見現場近くにあるパブを当たるように、聞き込みの連中に伝えろ。
赤い日除けのテントがある店だ。
大通り沿いにある店だから、すぐに分かるはずだ」

若い部下は不得要領な顔をしたが、とりあえず離れた場所に移動して電話を取り出した。
それと入れ替わりにウィットマンが戻ってきて報告する。

「男の話は全員に連絡しておきました。しかしまだ見つかってはいないようです。
その、この部屋から飛び出してきた男というのは、この部屋の住人ですかね?」
「そいつは断言出来んが、可能性は高いな。
クリス、お前このアパートのオーナーに当たって住人のことを調べてくれ。
多分、トーラスという郵便配達員だ」

「なんですって、警部!?何でそんなこと知ってるんです?」
「後で話すよ。それより俺は一旦家に戻って着替えるわ。
この格好じゃあ、ヤードに戻る訳にもいかねえからな」

「そうですね。でも警部。
脱いだ服は袋に入れてヤードに持って来て下さいよ。
一応証拠品ですから」
「ああ、分かったよ。じゃあ、後は任せるわ」

そう言い残して、バドコックは現場を後にした。
階段を降りるたびに腰が痛んだ。

汗が噴き出て来るのは暑さのせいなのか、それとも痛みのせいなのか分からなくなった。
多分両方なのだろう。

何とか外に止めたクーパーにたどり着いた時には、全身汗まみれになっていた。
エンジンをかけると徐々にエアコンが利き始め、車内の温度が下がっていく。
腰の痛みも少し落ち着いてきたようだ。

漸くバドコックはクーパーを発進させると自宅に向かった。
ここからだと、バーネットの外れにある自宅まで30分程度の道程だ。
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