【09-2】急展開(2)
文字数 1,950文字
2人の会話を聞くとはなしに聞いていたバドコックは、妙に話の中身が引っかかって、「おい、ちょっと」と店主を呼んだ。
「何です?」と言いながら、億劫そうに彼の前に来た店主に身分証を見せながら、「何かあったのか?」と質す。
「なに、警部さんが気になさるようなこっちゃないですよ。
新人の女の子が配達に出た切り戻らねえんで。
電話にも出ねえし、どこで油売ってやがるんだか」
店主はバドコックの手帳を見て、少々狼狽え気味にそう答えた。
「その新人の配達先ってのは、どこなんだ?」
「何です?何かあるんですか?」
店主はあからさまに警戒感を滲ませて言った。
痛くもない腹を探られたくないのだろう。
しかしそんな市民の反応は、バドコックにとっては日常茶飯事だった。
「ちょっと気になっただけだよ。
それより質問に答えろよ」
強面のバドコックが凄むと、店主はやや怯えて答える。
「ここからバイクで10分くらいの所にあるアパートメントですよ」
「客は?」
「ト、トーラスとかいう、確か郵便配達人だったと思います。
以前は偶に店にも来てたんですが、ここ1か月くらいは配達ばかりで」
「その客はよくピザの配達を頼むのかい?」
「そう言えば最近多いですね。
ちょっと前までは、毎日注文が入っていたような…」
「毎日だあ?いくら好きでもそれはないだろ」
「本当ですよ、警部さん。
最近は少なくなりましたが、二、三週間前までは、ほぼ毎日配達してたんですよ。
なあチャーリー。そうだろう?」
店主は少し憤慨して、店員に同意を求めた。
チャーリーは、「そうだね」と返して肯く。
「最近はどうなんだ?」
「きっちり憶えてる訳じゃないですけど、多分2日に1回くらいですかねえ…」
バドコックは少し考えたが、そのトーラスという男を訪ねることに決めた。
何もなければそれで良いというくらいの、軽い気持ちだった。
しかし何かが彼の心に引っ掛かったのである。
それを明らかにしておかないと自分の性格上、いつまでも引きずりそうだったのだ。
店主にトーラスの住所を教えろと言うと、彼は少し抵抗を示した。
顧客に対する守秘義務ということだろう。
しかしそんなことで引き下がるバドコックではない。
「店に迷惑はかけねえよ。
それにこれは殺人事件と関係してるかも知れねえんだ。
協力してくれよ」
最後はかなりドスを利かせつつも、丁重に頼んだ。
店主は少し怯えた声で「わかりました」と言うと、店の奥に消えて行った。
そして戻って来た時には、手にトーラスの住所を書いたメモを持っていた。
それを押し付けるようにしてバドコックの手に握らせる。
これ以上関わりたくないという様子が明らかである。
配達に出た切り戻らない新人のことは、もはや頭から吹き飛んでしまったらしい。
バドコックは店主のその態度に苦笑を漏らすと、出されてもいないコーヒーとサンドウィッチの代金をカウンターに置いて店を後にした。
外に出ると真夏の日差しが容赦なく照りつけ、すぐに汗がどっと噴き出す。
まったくうんざりする様な暑さだ。
こんな日は昼間から空調の効いたパブで、ビターを流し込みたいところだ。
しかし不名誉なことに、彼は最近、無能な捜査主任として、世間に顔が割れてしまっている。
昼間からビターなど飲んでいたら、それこそSNSとやらの格好の餌食になるだろう。
そう思うと、とても馴染みの店に足を運ぶ気にはならなかった。
――まったくもって嫌な世の中になっちまったな。
と、心の中で舌打ちすると、
――最近、舌打ちが癖になっていやがるな。
と、続けて自嘲気味に思った。
しかし周囲からは彼の舌打ちが、昔からの癖であると思われていることに、彼は全く気づいていない。
炎天下を歩きながらバドコックは、ヤードに連絡して部下の誰かを呼び寄せようかとも考えた。
しかし何もなかった場合のばつの悪さを想像して、結局1人でトーラスを訪れることにする。
パーキングロットからクーパーを出し、ナビゲーターでトーラスの住所を検索して走り始めると、額の汗も引かないうちに目的地に到着した。
降りた場所の目の前に立っているアパートがトーラスの住居らしい。
こらも先程のパブ同様、ロンドンのどこにでも見つけることの出来る、4階建ての年季の入った建物だった。
バドコックは3階にあるトーラスの部屋を目指して階段を昇って行った。
最近では年のせいか、あるいはやや肥満ぎみなせいか、階段の上り下りが結構きつい。
3階にたどり着いた頃には息が相当上がっていた。
踊り場で息を整えながら、バドコックはアパートの狭い共用廊下を見渡した。
廊下の右側には明り取りの窓が連なっていて、左側に住居のドアが並んでいる。
隣の建物と密接しているために、壁に遮られて窓から射す光は乏しい。
その上昼間だからなのか、天井の電灯も点いていなかったので、廊下はかなり薄暗かった。
「何です?」と言いながら、億劫そうに彼の前に来た店主に身分証を見せながら、「何かあったのか?」と質す。
「なに、警部さんが気になさるようなこっちゃないですよ。
新人の女の子が配達に出た切り戻らねえんで。
電話にも出ねえし、どこで油売ってやがるんだか」
店主はバドコックの手帳を見て、少々狼狽え気味にそう答えた。
「その新人の配達先ってのは、どこなんだ?」
「何です?何かあるんですか?」
店主はあからさまに警戒感を滲ませて言った。
痛くもない腹を探られたくないのだろう。
しかしそんな市民の反応は、バドコックにとっては日常茶飯事だった。
「ちょっと気になっただけだよ。
それより質問に答えろよ」
強面のバドコックが凄むと、店主はやや怯えて答える。
「ここからバイクで10分くらいの所にあるアパートメントですよ」
「客は?」
「ト、トーラスとかいう、確か郵便配達人だったと思います。
以前は偶に店にも来てたんですが、ここ1か月くらいは配達ばかりで」
「その客はよくピザの配達を頼むのかい?」
「そう言えば最近多いですね。
ちょっと前までは、毎日注文が入っていたような…」
「毎日だあ?いくら好きでもそれはないだろ」
「本当ですよ、警部さん。
最近は少なくなりましたが、二、三週間前までは、ほぼ毎日配達してたんですよ。
なあチャーリー。そうだろう?」
店主は少し憤慨して、店員に同意を求めた。
チャーリーは、「そうだね」と返して肯く。
「最近はどうなんだ?」
「きっちり憶えてる訳じゃないですけど、多分2日に1回くらいですかねえ…」
バドコックは少し考えたが、そのトーラスという男を訪ねることに決めた。
何もなければそれで良いというくらいの、軽い気持ちだった。
しかし何かが彼の心に引っ掛かったのである。
それを明らかにしておかないと自分の性格上、いつまでも引きずりそうだったのだ。
店主にトーラスの住所を教えろと言うと、彼は少し抵抗を示した。
顧客に対する守秘義務ということだろう。
しかしそんなことで引き下がるバドコックではない。
「店に迷惑はかけねえよ。
それにこれは殺人事件と関係してるかも知れねえんだ。
協力してくれよ」
最後はかなりドスを利かせつつも、丁重に頼んだ。
店主は少し怯えた声で「わかりました」と言うと、店の奥に消えて行った。
そして戻って来た時には、手にトーラスの住所を書いたメモを持っていた。
それを押し付けるようにしてバドコックの手に握らせる。
これ以上関わりたくないという様子が明らかである。
配達に出た切り戻らない新人のことは、もはや頭から吹き飛んでしまったらしい。
バドコックは店主のその態度に苦笑を漏らすと、出されてもいないコーヒーとサンドウィッチの代金をカウンターに置いて店を後にした。
外に出ると真夏の日差しが容赦なく照りつけ、すぐに汗がどっと噴き出す。
まったくうんざりする様な暑さだ。
こんな日は昼間から空調の効いたパブで、ビターを流し込みたいところだ。
しかし不名誉なことに、彼は最近、無能な捜査主任として、世間に顔が割れてしまっている。
昼間からビターなど飲んでいたら、それこそSNSとやらの格好の餌食になるだろう。
そう思うと、とても馴染みの店に足を運ぶ気にはならなかった。
――まったくもって嫌な世の中になっちまったな。
と、心の中で舌打ちすると、
――最近、舌打ちが癖になっていやがるな。
と、続けて自嘲気味に思った。
しかし周囲からは彼の舌打ちが、昔からの癖であると思われていることに、彼は全く気づいていない。
炎天下を歩きながらバドコックは、ヤードに連絡して部下の誰かを呼び寄せようかとも考えた。
しかし何もなかった場合のばつの悪さを想像して、結局1人でトーラスを訪れることにする。
パーキングロットからクーパーを出し、ナビゲーターでトーラスの住所を検索して走り始めると、額の汗も引かないうちに目的地に到着した。
降りた場所の目の前に立っているアパートがトーラスの住居らしい。
こらも先程のパブ同様、ロンドンのどこにでも見つけることの出来る、4階建ての年季の入った建物だった。
バドコックは3階にあるトーラスの部屋を目指して階段を昇って行った。
最近では年のせいか、あるいはやや肥満ぎみなせいか、階段の上り下りが結構きつい。
3階にたどり着いた頃には息が相当上がっていた。
踊り場で息を整えながら、バドコックはアパートの狭い共用廊下を見渡した。
廊下の右側には明り取りの窓が連なっていて、左側に住居のドアが並んでいる。
隣の建物と密接しているために、壁に遮られて窓から射す光は乏しい。
その上昼間だからなのか、天井の電灯も点いていなかったので、廊下はかなり薄暗かった。