【34-1】神とロンドンの咬殺魔(1)
文字数 2,043文字
その日永瀬晟 が研究室に出勤するとすぐに、A4サイズの茶封筒を手に持った林海峰 が近づいて来た。
「おはようございます、永瀬先生。来られたばかりのところを恐縮ですが、少しお話ししてよろしいですか?」
林の言葉に、永瀬は思わず身構えてしまった。
こんな時の彼の用件はこれまでの経験上、間違いなく厄介事なのだ。
とは言え断る理由もないので、「どうぞ」と自席の横に置いた椅子をすすめる。
林は、「ありがとうございます」と言いながら着席し、唐突に質問した。
「先生は、ケネス・ボルトン先生のお住まいが、ロンドンのどの辺りだったか、ご存じですか?」
永瀬は質問の意図が分からず、一瞬戸惑ったが、
「ロンドンの北部、確かインフィールド自治区だったと思います。それが何か?」
と記憶を辿りながら答えた。
「よく、そこまで正確にご存じですね」
林は、永瀬の答えに少し驚いたようだった。
「私もボルトン先生の研究室に1年程留学していたんですよ。
その際に先生のご自宅にも、何度かお邪魔したことがあります。もう10年近く前の話ですが」
「そうだったんですか」
永瀬の答えに、林は一瞬考え込んだが、やがて意を決したように永瀬を見ると、
「先生は最近ロンドンで発生した、連続殺人事件のことをご存じですか?」
と訊いた。
永瀬は、林の質問が予想外だったので少し驚いたが、
「ええ、新聞やテレビのニュースで報道されている範囲ですが。
確か犯人が最近見つかって、射殺されたんですよね?」
と答える。
すると林はまた、少し考え込んだ。
何だかいつもの林らしくないと思った永瀬は、
「どうされたんですか?」
と林の顔を覗きこむ。
「ああ、失礼しました。
実は先生に1枚の写真をお見せしたいのです。
この写真は、我が教団が極秘ルートで入手したもので、少し残酷なものですが見て頂けますか?」
永瀬は一瞬躊躇したが、興味の方が先立ったので、
「ええ、構いませんよ」
と林を促した。
林は手に持った封筒から、1枚の写真を取り出すと永瀬の前に置いた。
その写真は、人間の頭部を映したものだったが、永瀬はそれを見て、思わず身を引いてしまった。
人間の死体と思われる写真だったからだ。
しかもその死体は、顔の下半分が大きく抉られ、生々しい傷跡が残されていた。
さらに異様なのは、その顔の下半分の残された部分が、膨らんだようになっていたことだ。
永瀬は顔をしかめて訊いた。
「これは一体何の写真ですか?」
「永瀬先生、大変嫌なものをお見せしてしまいました。申し訳ありません」
林はそう丁重に詫びた後、衝撃的な言葉を発した。
「これは先生が仰った、ロンドンの連続殺人犯、ベンジャミン・トーラスという男の、司法解剖時に撮られた写真の1枚、正確にはそのコピーです」
「な、何故そんなものを?!」
驚いた永瀬は、そう言って絶句した。
それも当然だろう。遠く離れたロンドンで司法解剖された殺人犯の写真を、突然目の前に置かれたら、驚かない方がおかしい。
「先生が驚かれるのはご尤もです。
ただ、入手ルートについては申し上げる訳にはまいりません。
何故ならば、それは我が教団の最高機密に関わるからです」
林は更に恐ろしいことを口にした。
やはりこの男の背景にある宗教団体は、得体が知れず不気味だ。
永瀬が返事を出来ずにいると、林が補足するように言った。
「永瀬先生、ご心配には及びません。
我が教団は先生が今ご懸念されている様な、所謂 カルト集団ではありません。
また非合法な諜報活動などを行っている訳でもありません。
我が教団の関係者は、現在世界各国の様々な階層に存在しています。
その規模については、敢えて申し上げることを控えさせていただきますが、相当数に上るとお考え下さい。
勿論この国にもいます。
そして各国で合法的に情報の収集を行い、それが教団本部に一元化されています。
情報収集はインターネット等のツールを用いて能動的に行うこともありますが、関係者が日常生活の中で受動的に見聞きした情報である場合も多いのです。
それらの情報が、日々膨大な量として集積されています」
確かに世界中から、中身を問わずに情報が集められているとすれば、その量は膨大となるだろう。
――しかし何故その様な情報収集を行っているのだろう?
永瀬のその疑問は、林に先読みされていた。
「我が教団が収集する情報は、あくまでも<神>に関連するものに限定されます。
しかし、どの様な情報がそうなのかを判断することは、個人レベルでは極めて困難です。
そのため我々は通常制限を設けず、幅広いジャンルの情報を収集し、教団本部で取捨選択を行っています。
それらの情報には、所謂 都市伝説的なものも含まれますが、各国の機密に関連する情報は、その可能性のあるものも含め、原則対象外としています」
「対象外ということは、その気になれば、その様な機密情報にアクセスすることも出来るということですか?」
「それは先生のご想像にお任せします」
そう言って林は、謎めいた微笑を浮かべた。
――やはりこの男は怖い。
永瀬は背筋に悪寒が走るのを感じた。
「おはようございます、永瀬先生。来られたばかりのところを恐縮ですが、少しお話ししてよろしいですか?」
林の言葉に、永瀬は思わず身構えてしまった。
こんな時の彼の用件はこれまでの経験上、間違いなく厄介事なのだ。
とは言え断る理由もないので、「どうぞ」と自席の横に置いた椅子をすすめる。
林は、「ありがとうございます」と言いながら着席し、唐突に質問した。
「先生は、ケネス・ボルトン先生のお住まいが、ロンドンのどの辺りだったか、ご存じですか?」
永瀬は質問の意図が分からず、一瞬戸惑ったが、
「ロンドンの北部、確かインフィールド自治区だったと思います。それが何か?」
と記憶を辿りながら答えた。
「よく、そこまで正確にご存じですね」
林は、永瀬の答えに少し驚いたようだった。
「私もボルトン先生の研究室に1年程留学していたんですよ。
その際に先生のご自宅にも、何度かお邪魔したことがあります。もう10年近く前の話ですが」
「そうだったんですか」
永瀬の答えに、林は一瞬考え込んだが、やがて意を決したように永瀬を見ると、
「先生は最近ロンドンで発生した、連続殺人事件のことをご存じですか?」
と訊いた。
永瀬は、林の質問が予想外だったので少し驚いたが、
「ええ、新聞やテレビのニュースで報道されている範囲ですが。
確か犯人が最近見つかって、射殺されたんですよね?」
と答える。
すると林はまた、少し考え込んだ。
何だかいつもの林らしくないと思った永瀬は、
「どうされたんですか?」
と林の顔を覗きこむ。
「ああ、失礼しました。
実は先生に1枚の写真をお見せしたいのです。
この写真は、我が教団が極秘ルートで入手したもので、少し残酷なものですが見て頂けますか?」
永瀬は一瞬躊躇したが、興味の方が先立ったので、
「ええ、構いませんよ」
と林を促した。
林は手に持った封筒から、1枚の写真を取り出すと永瀬の前に置いた。
その写真は、人間の頭部を映したものだったが、永瀬はそれを見て、思わず身を引いてしまった。
人間の死体と思われる写真だったからだ。
しかもその死体は、顔の下半分が大きく抉られ、生々しい傷跡が残されていた。
さらに異様なのは、その顔の下半分の残された部分が、膨らんだようになっていたことだ。
永瀬は顔をしかめて訊いた。
「これは一体何の写真ですか?」
「永瀬先生、大変嫌なものをお見せしてしまいました。申し訳ありません」
林はそう丁重に詫びた後、衝撃的な言葉を発した。
「これは先生が仰った、ロンドンの連続殺人犯、ベンジャミン・トーラスという男の、司法解剖時に撮られた写真の1枚、正確にはそのコピーです」
「な、何故そんなものを?!」
驚いた永瀬は、そう言って絶句した。
それも当然だろう。遠く離れたロンドンで司法解剖された殺人犯の写真を、突然目の前に置かれたら、驚かない方がおかしい。
「先生が驚かれるのはご尤もです。
ただ、入手ルートについては申し上げる訳にはまいりません。
何故ならば、それは我が教団の最高機密に関わるからです」
林は更に恐ろしいことを口にした。
やはりこの男の背景にある宗教団体は、得体が知れず不気味だ。
永瀬が返事を出来ずにいると、林が補足するように言った。
「永瀬先生、ご心配には及びません。
我が教団は先生が今ご懸念されている様な、
また非合法な諜報活動などを行っている訳でもありません。
我が教団の関係者は、現在世界各国の様々な階層に存在しています。
その規模については、敢えて申し上げることを控えさせていただきますが、相当数に上るとお考え下さい。
勿論この国にもいます。
そして各国で合法的に情報の収集を行い、それが教団本部に一元化されています。
情報収集はインターネット等のツールを用いて能動的に行うこともありますが、関係者が日常生活の中で受動的に見聞きした情報である場合も多いのです。
それらの情報が、日々膨大な量として集積されています」
確かに世界中から、中身を問わずに情報が集められているとすれば、その量は膨大となるだろう。
――しかし何故その様な情報収集を行っているのだろう?
永瀬のその疑問は、林に先読みされていた。
「我が教団が収集する情報は、あくまでも<神>に関連するものに限定されます。
しかし、どの様な情報がそうなのかを判断することは、個人レベルでは極めて困難です。
そのため我々は通常制限を設けず、幅広いジャンルの情報を収集し、教団本部で取捨選択を行っています。
それらの情報には、
「対象外ということは、その気になれば、その様な機密情報にアクセスすることも出来るということですか?」
「それは先生のご想像にお任せします」
そう言って林は、謎めいた微笑を浮かべた。
――やはりこの男は怖い。
永瀬は背筋に悪寒が走るのを感じた。