【02-3】2022年、ロンドン、インフィールド自治区郊外(3)

文字数 1,729文字

『そうだ。吾の記憶では、それは900年程前に行われた。
吾がまだ他の者たちと共同体として存在していた時期だった。

以前汝に共有した情報にある通り、その時点で既に人間による有害物の生成は制御不能となっていた。
その結果、吾等個々の構成要素の減少が始まり、やがては共同体を解体して、個別の人間との共生を選択せざるを得なくなってしまった』

『それは私が622年22日前まで所属していた共同体でも同様でした』
『吾は他の者たちとの共同体を解体して以来、22体の人間たちと共生してきた。汝もそうであろう』
『はい。私はこのメアリーという人間を含め、17体です』

『もはや検証することは出来ないが、現在の様に吾等の同類と遭遇することが殆どなくなっている状況から考察すれば、吾は他の者より多くの人間たちと共生してきたと推察される。そしてそれも今、終息しようとしている』
『私は納得することが出来ません』

『しかし、吾等に生存を継続するための選択肢は残されていない。
その結論については汝に二度共有している。

あのベンジャミン・トーラスという、郵便配達人という職業の人間がこの場所を訪問した時が、吾等にとってこの場所から移動するための最後の機会であったのだ』

『私も記憶しています。ベンジャミン・トーラスがこの場所を最後に訪問したのは、今から149時間前でした』
『今更検証することは出来ないが、病原性微生物はあのベンジャミン・トーラスによって運ばれ、この人間たちが感染した可能性が高い』

『私もそれに同意します。
それ以降この人間たちが、他の人間と接触した事実はないのですから。
しかしあの時点で、この人間たちがこの様に病原性微生物に感染するということは予測不能でした。

それに、あのベンジャミン・トーラスという人間から発せられていたエナジーは、かなりの有害物を含んでいました。
従って私たちがあのベンジャミン・トーラスと共に移動するという選択肢が、私たちの間で提起される必然性はなかったと推察されます』

『汝の思考することは正しい。
それに加えて吾はあの時、移動の是非を検討するために、あのベンジャミン・トーラスという人間の精神世界内部の探索を試みた。

しかし私が探索したベンジャミン・トーラスの精神世界には、有害な不純物が充満していた。
あの人間が外部に発していたエナジーに含まれていた不純物は、その一部に過ぎなかったのだ。

あの人間と長時間共生することで、吾等はかなり損傷を受けただろうと推察される。
それ故、吾はあの人間と共に移動するという選択肢を取らなかったのだ』

『あのベンジャミン・トーラスの精神世界が、その様に不純物を含有していたのであれば、貴方の選択は正当であったと支持します。

私も同じ選択をしていたでしょう。
しかしその結果、この様な状況に置かれてしまったことは、とても残念です』

『残念とは、まるで人間の様だな。
汝も理解しているだろうが、人間はこの様な状況を後から受け入れる手段として、<運命>という概念を用いるのだ。
吾等もこの状況を<運命>として受け入れるべきかも知れないな。おや?』

『どうしたのですか?』
『エナジーを発する者が接近して来る』

『期待なさるな。どうせ時折通過する別の種類の動物でしょう。人間以外の動物が発するエナジーは微弱すぎて私たちを維持するには不足です』
『いや、違うぞ。あれは人間が発するエナジーだ。汝にも感知出来るはずだ』

『成程、私にも感知出来ます。
抑制されてはいますが、明らかに人間が発するエナジーの様です。

もはや躊躇している場合ではありません。
例えその者が発するエナジーが私たちにとって有害でも、私たちはこの場所から移動すべきです』

『汝の提案に吾も賛同する。吾等は消滅せずに済むかも知れぬな。これも<運命>というものか』

それから5分程の時間が経過した時、扉の向こう側から乾いたノックの音が室内にこだました。
続いて、「ドクター・ボルトン?」という遠慮がちな訪いの声がする。
しばらくしてドアノブを回す音がし、ドアがゆっくりと開かれた。

外部の明かりが、徐々にドアの隙間から差し込み、暗かった室内に広がっていく。
ドアが開き切ると、長方形に切り取られた光の枠の中に2つの影が立っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み