【05】郵便配達人の独白(2)

文字数 1,085文字

噛みたい。どうしても噛みたい。
何日噛んでないだろう。もう我慢の限界だ。

駄目だ。噛んでは駄目だ。
噛みたい。頸を噛みたい。女の頸だ。
駄目だ。

噛みたい。
頸を噛んだ時のあの感触。

弾力があって、噛み応えがあって。
肉に歯が食い込む時のあの感触。ああ、あの感触を味わいたい。

駄目だ。駄目だ。駄目だ。
俺は一体どうしてしまったんだ?いつからこうなったんだ?

最初に噛んだのはいつだったろう?
解らない。憶えてない。どうしてなんだ?

あれから仕事にも行ってない。
ビルの野郎が、(くび)にするぞとか言っていたな。

随分と前に電話を掛けてきた時だったか。
あれはいつ頃だったろう?
そんなに前でも無いような気もする。

あれ?変だな。
ついこの間のような気もするし、えらく前だったような気もする。
思い出せない。

そうだ!
あのビルの野郎は本当に嫌な奴だ。
随分前からむかついて仕方がなかった。

いつか殺してやろうと思っていたんだ。
そうだった。

どうして殺してしまわなかったんだっけ?
どうしてだっけ?

まあ、そんなことはどうでもいいか。
思い切り怒鳴りつけてやったから。

あれ以来電話も掛けて来ない。
本当に馘になったのかも知れないな。

それは仕方がない。
こんな(かお)で仕事に行ける訳がないのだから。

しかしこのままではまずい。
そろそろ現金も底をついてきた。

腹が減った。
頼んだピザがまだ来ない。
最近ピザしか食べてない。

外に飯を食いに行く訳にはいかない。
冷蔵庫も空だ。

駄目だ。
また噛みたくなってきた。

ピザの配達人はいつもの若い男だろうか?
女だったらどうしよう。

噛んでしまうかもしれない。
頸を噛んでしまうかもしれない。

駄目だ。
部屋の前で噛む訳にはいかない。

噛んだら死んでしまう。
殺すつもりはないのに。

ただ噛みたいだけなのに。
噛んだらどうして死んでしまうのだろう?

だから部屋の前で噛んだらすぐに警察にばれる。
捕まってしまう。

捕まったら一生刑務所暮しだろう。
それでも構わないが、この(かお)を世間に晒すのは嫌だ。

俺がこんな貌になったのを知ったら、きっとママが悲しむだろう。
そうなったらママが可哀想だ。

だから警察に捕まる訳にはいかない。
だから部屋の前で噛んでは駄目だ。

でも噛みたい。
駄目だ。
部屋の前で噛んでは駄目だ。

うん?部屋の中ならいいのか?
警察にばれないか?

部屋の中で噛むのはいいのか?
そうなのか?

いや、ばれるような気がする。
部屋の中で噛んでも警察に捕まるような気がする。

でも噛みたい。噛みたい。噛みたい。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。

噛みたい。噛みたい。噛みたい。噛みたい。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。

噛みたい。噛みたい。かみたい。かみたい。かみ。かみ。…。
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