【10-5】追い詰められた咬殺魔(5)
文字数 1,204文字
その時少し離れた場所で、何か大きな声が響き渡った。
続いてその場所から、大勢が発する怒声の波がバドコックの方に向かって伝播して来る。
突如騒然と動き始めた現場を、バドコックは声の中心に向かって駆け始めた。
2人の部下もそれに続く。
彼は騒ぎの中心までたどり着くと、貯水池の土手を見上げた。
その場所を照らすサーチライトの白い光の中に、そいつはいた。
所々毛髪を残して、禿げあがった頭。
肥大した顔の下半分に、裂け目のように広がる口。
半開きの口から覗く歯。
痩せた体幹に不釣り合いな、筋肉で盛り上がった両腕。
間違いなくバドコックが見た怪物だった。
ライトの光が眩しいのか、怪物は大きな手で顔を庇う様にしている。
顔には何故か、とても不本意そうな表情が浮かんでいた。
そして両目からは、だらだらと涙を流している。
口元を見ると何か言っているようだ。
警官たちの発する怒声でよく聞き取れないが、その口の動きは、「助けて」と言っている様にバドコックには見えた。
その時、10人余りの警官が拳銃を構えながら、包囲の輪を縮めていった。口々に、「動くな」と警告を発している。
しかし怪物は動いた。
貯水池の方に逃げようとして、その方向を塞いでいた警官を太い腕でなぎ倒す。
口からは意味不明の叫び声を発していた。
それを見た数人の警官たちが、一斉に発砲した。
バドコックが止める間もない、一瞬の出来事だった。
発砲音の余韻を残し、現場は静寂に包まれた。
静かに倒れていく怪物の顔は、口の部分が大きく抉られていた。
顔に被弾したらしい。
その眼がただ虚ろに見開かれているのを、バドコックは確かに見た。
やがてその姿は、土手の向こうへと消えて行った。
続いて何かが貯水池に落ちる水音が辺りに響く。
その音が契機となって、再び怒声が巻き起こった。
大勢が土手に駆け上がって行く。
その傍らを、バドコックはゆっくりとした足取りで登って行った。
土手の向こう側は切り立った壁で、水面までかなりの高さがあるようだった。
警官たちが、土手に運び上げたサーチライトで辺りの水面を照らし始める。
しかしそこには怪物の姿はなかった。
おそらく水中に沈んだのだろう。
あるいはしぶとく生き延びたのか。
――さすがにそれは無理だろうな。
バドコックは急激に、虚しさに襲われた。
――あいつの口から、何でこんなことを仕出かしたのかを聞くことは、永遠に出来ないんだろうな。
そう思うと、欠足感が胸の中に広がっていく。
部下たちが指示を求めてきたので、貯水池と周辺の捜索を命じたが、気分はどうでもいいという、投げやりなものだった。
これから奴が発見されたとして、それが生きたままであろうが死んでいようが、奴と事件との関連性を証明していかなければならない。
その作業もうんざりだった。
――あいつは何だったのだ?
おそらく解答の出ないその疑問が、これからずっと自分の心にわだかまり続けていくことを想像して、バドコックはまた小さく舌打ちした。
続いてその場所から、大勢が発する怒声の波がバドコックの方に向かって伝播して来る。
突如騒然と動き始めた現場を、バドコックは声の中心に向かって駆け始めた。
2人の部下もそれに続く。
彼は騒ぎの中心までたどり着くと、貯水池の土手を見上げた。
その場所を照らすサーチライトの白い光の中に、そいつはいた。
所々毛髪を残して、禿げあがった頭。
肥大した顔の下半分に、裂け目のように広がる口。
半開きの口から覗く歯。
痩せた体幹に不釣り合いな、筋肉で盛り上がった両腕。
間違いなくバドコックが見た怪物だった。
ライトの光が眩しいのか、怪物は大きな手で顔を庇う様にしている。
顔には何故か、とても不本意そうな表情が浮かんでいた。
そして両目からは、だらだらと涙を流している。
口元を見ると何か言っているようだ。
警官たちの発する怒声でよく聞き取れないが、その口の動きは、「助けて」と言っている様にバドコックには見えた。
その時、10人余りの警官が拳銃を構えながら、包囲の輪を縮めていった。口々に、「動くな」と警告を発している。
しかし怪物は動いた。
貯水池の方に逃げようとして、その方向を塞いでいた警官を太い腕でなぎ倒す。
口からは意味不明の叫び声を発していた。
それを見た数人の警官たちが、一斉に発砲した。
バドコックが止める間もない、一瞬の出来事だった。
発砲音の余韻を残し、現場は静寂に包まれた。
静かに倒れていく怪物の顔は、口の部分が大きく抉られていた。
顔に被弾したらしい。
その眼がただ虚ろに見開かれているのを、バドコックは確かに見た。
やがてその姿は、土手の向こうへと消えて行った。
続いて何かが貯水池に落ちる水音が辺りに響く。
その音が契機となって、再び怒声が巻き起こった。
大勢が土手に駆け上がって行く。
その傍らを、バドコックはゆっくりとした足取りで登って行った。
土手の向こう側は切り立った壁で、水面までかなりの高さがあるようだった。
警官たちが、土手に運び上げたサーチライトで辺りの水面を照らし始める。
しかしそこには怪物の姿はなかった。
おそらく水中に沈んだのだろう。
あるいはしぶとく生き延びたのか。
――さすがにそれは無理だろうな。
バドコックは急激に、虚しさに襲われた。
――あいつの口から、何でこんなことを仕出かしたのかを聞くことは、永遠に出来ないんだろうな。
そう思うと、欠足感が胸の中に広がっていく。
部下たちが指示を求めてきたので、貯水池と周辺の捜索を命じたが、気分はどうでもいいという、投げやりなものだった。
これから奴が発見されたとして、それが生きたままであろうが死んでいようが、奴と事件との関連性を証明していかなければならない。
その作業もうんざりだった。
――あいつは何だったのだ?
おそらく解答の出ないその疑問が、これからずっと自分の心にわだかまり続けていくことを想像して、バドコックはまた小さく舌打ちした。