【22-2】九天応元会初代教主林清虚(2)

文字数 1,688文字

「さて、<神>という概念に興味を抱いた林清虚(リンチィンシィー)は、やがて<神>についてより深く知ることが、(タオ)との一体化に繋がるのではないかと考えるようなりました。
そして彼は教団の運営を幹部たちに一時委ね、成都から旅立ちました。

清虚が目指したのは数々の宗教がもたらされた、西方の国でした。
幾多の辛苦を重ねた後に、彼は現在のアフガニスタンに到達したと考えられます。

当時アッバース朝イスラム帝国の支配下にあった彼の地では、既にイスラム化が進んではいましたが、まだヒンズー教や仏教、ゾロアスター教等の他教の影響も色濃く残っていたようです。

そして清虚は、様々な宗教の聖職者たちと交流を持ち、やがてそこで<神>との交信の機会を持ったと伝えられています」

「<神>との交信ですか!?
それはつまり、<神>の声を聴いたということではなく、<神>とコミュニケーションをとったということですか?」
蔵間父娘は黙ったままだったが、永瀬は思わずそう聞いてしまった。

「そうです永瀬先生。
清虚は<神>と双方向のコミュニケーションを交わしたとされています。
具体的には清虚が<神>の意思や記憶に触れ、また<神>も彼の意思や記憶に触れるという交流だったようです」

「そんな」
そう言って永瀬は絶句した。

「永瀬先生が困惑されるのも無理はないと思います。
おそらく私が現在語っている清虚の体験は、先生にはテレパシーのような超能力を想起させる内容に聞こえるのかも知れません。

それは無理のないことなのです。
何故ならば、この話は私が祖父から伝えられた、教団内でも極めて限られた者にしか開示されない秘儀の様なものですから。
私がもし先生のお立場で、この話だけを聞いてれば、全く同じ感想を持ったと思います」

「しかし」と言って林は言葉を切った。
永瀬は彼の次の言葉を待って固唾を飲む。
やがて不思議な雰囲気を漂わせる道教教団の教主は、静かな、しかし明確な口調で語り始めた。

「私自身が清虚と同じ体験をしていることを思い出して下さい。
まさに彼が1,000年以上も前に経験した<神>との交信を、私自身も10年程前に実体験しているのです。

あの時私は、おそらく嘗て<神>であったと思われる者と、言葉ではなく直接意思や記憶のやり取りを行ったのです」

「林君、一つ質問してよいかね?」
そう言って蔵間が、永瀬と林とのやり取りに割って入った。

「君は何故、君が父上の精神の中で邂逅した存在を、<神>ではなく、<嘗て神であった者>だと考えているのかね?」

「蔵間先生が疑問に思われるのはご尤もだと思います。
ご質問にお答えするために、もう少し林清虚と教団の歴史についてお話しさせていただいてよろしいでしょうか。」

「構わないよ。君の話は私と美和子にとって非常に有意義だ。是非そうしたまえ」
「ありがとうございます」と言った後、林は少し姿勢を正して続けた。

「西方での経験を携えて帰京した清虚は、教団の運営方針に新たな方向性を加えました。
これまでの様な修行による(タオ)の追及に加えて、<神>についての探求を教団の大きな目的としたのです。

その目的に沿って、九天応元会は世界中の神と宗教についての研究を始め、今なお続けています。そして我々は、<神>について一つの仮説に至りました」

「それは?」
林の言葉に引き込まれ、永瀬は呟くように訊く。

「<神>とは単なる宗教的概念の中の存在でなく、実在するある種の生命体ではないかということです」
「生命体!?」

「そうです。もし生命体と言う言葉に語弊があるのだとすれば、そうですね、思考し、記憶し、意思を持つ<エネルギーの如きもの>と言い換えた方が、我々の仮説に近いでしょう」

永瀬はもはや言葉を失っていた。
しかし蔵間父娘は、益々興味深げな表情を浮かべて林の次の言葉を待っている。

それに応えるように林は言った。
「そして永瀬先生、今貴方の目の前にいるお二方は、<神>なのですよ」

「な、何ですって?!」
林から発せられた衝撃的な一言に、永瀬は思わず立ち上がっていた。

しかし彼を除く3人は一様に沈黙し、彼を見上げている。
その瞬間永瀬は、室内の温度が急激に下がったような感覚に襲われた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み