【41-2】悲しき魔人(2)

文字数 1,777文字

「ありがとうございます。
状況がよく理解出来ました。
その上でもう1つ、あなたに確認したいことがあります。
よろしいですか?」

「貴方の提案を容認します」
「あなたは、梶本さんの身体に起こった変化を、認識されていますか?」

「私は人間の形態を直接認識することが出来ませんが、この梶本恭子という人の記憶として保存されている情報との比較は可能です。
しかしこの梶本恭子という人は、現時点より12日前から、鏡という道具を使用して自身の反射映像を見る行為を中止しました。

その行為を行うことに、潜在意識下で強い恐怖を感じているようですが、その理由は不明です。
先程貴方が、この梶本恭子という人に、鏡を見るように指示した際、私がそれを阻止しようと試みた理由はそれです」

「そうですか。つまり貴方は現在の梶本さんの姿を知らないのですね?」
「全体についてはそうです。

しかし現在視覚を通して入手されている情報、例を挙げるなら腕という運動器官の形態変化については認識しています。

そしてその変化も、この人の願望に起因しています」
「どのような願望ですか?」
「社会規範を遵守しない人間を、罰したいという願望です。

罰するという概念を、私は正確に理解出来ませんが、この梶本恭子という人が行ったのは、自身の怒りの対象となる人間に対して肉体的苦痛を与え、生命活動を停止させるという行為でした。

このことに関連して、私には1つ疑問が生じました。
貴方がその疑問に回答することを希望します」
「どうぞ仰って下さい。非常に興味があります」

「この梶本恭子という人の精神は、他の人間を罰するという行為を行っている際に、非常に大量の喜びという感情を生成していました。
しかし同時に、怖れ、悔恨、悲しみという、喜びとは相反する感情も生成していたのです。

私にはそのことが不可解でならないのです。
何故この梶本恭子という人は、1つの行為を行うに際して、複数の相反する感情を同時に生成したのですか?」

「ああ、梶本さんの中には、人としての感情が残っていたのですね。
それをお聞きして安心しました」

「貴方が今思考したことは、私の疑問に対する回答ではありません」
「失礼しました。
貴方のご質問に正確に回答することは、実は非常に困難なことなのです。

人間の精神はとても不完全で、時に相反する2つの感情を、同時に持つことがあるのです。

梶本さんの場合は、彼女の願望に反する様な行為を行う者に対して強い怒りを覚え、その者たちを罰することに喜びを感じていました。
これは願望の充足という意味において、正しい在り方です」

「賛同します。
では何故相反する感情が生成したのですか?
その様なことは合理的ではないと私は判断します」

「仰る通りです。
ただ一方で梶本さんは、自身が行った行為に対して、それが残虐で倫理に反するものであることを認識していたのです。

また法治国家において、その資格を有しない者が、自身の基準に基づいて他者に処罰を加えることが、法規範に違反することを理解していました。
さらに人間本来の性質として、他者への憐みという感情を抱いたのです。

その様な彼女の潜在意識下での心の動きが、自身の行為への怖れ、悔恨、悲しみという感情を作り出したのだと思います」

「貴方の説明は難解です。
私はそれを正確に理解することが出来ない。

そしてもう1つ疑問が発生しました。
貴方は何故、先程この人が喜びと相反する感情を生成したことについて、安心という思考をしたのですか?」

「梶本さんの精神が怒りの感情だけに染まらず、彼女本来の人間性、優しさや憐憫の情を残していたことに救いを感じたからです。
彼女の肉体は怪物と化してしまいましたが、精神までが完全にそうなってはいなかった。
だからと言って、彼女の行為が許される訳ではないのですが」

「この人の行為が、人間が作った法規制上の犯罪に該当するのであれば、この人の精神にその様な感情が残っていたとしても、法的処罰を受けることに変わりはないと推察されます。
それでも貴方は彼女を許容しているようです。
貴方の説明は不合理で、やはり私には理解することが出来ません」

「残念ながら人間はその様に、不合理で不完全な生き物なのです。
ところでもう1点、重要な質問をさせて下さい」
「容認します」

「梶本さんの形態の変化についてです。
貴方は彼女の変化の原因をご存じですか?」
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