【06-2】現場検証報告(2)

文字数 1,570文字

目を閉じ俯き加減に部下の報告を聞いていたバドコックは、言葉を切った部下を、どうした?――という顔で見上げた。

「これまでの状況と違うところが一点ありまして。
どうも財布の中身が抜き取られているみたいなんですわ」

「中身?金か?」
「ええ。今まで犯人の野郎は、被害者の所持品には一切手を付けてなかったでしょう?
ところが今回に限って、財布が遺体から抜き取られて捨てられてましてね。
中を見ると、小銭やカード類は残ってたんですが、キャッシュは残ってませんでした」

「元々キャッシュを持ってなかったんじゃないのか?」
「それも考えられますが、父親に聞くと、前日に娘に200ポンドのキャッシュを渡しているので、一日でそれを全部使い切っていたとは考えられないと言うんですよ。

ですから少なくとも犯人の野郎が、被害者の財布からキャッシュを抜き取ったことは事実だと思います」

バドコックは少し考え込んだ後、
「後から現場を通りかかった不埒な野郎が、遺体から財布を抜き取ったってことは考えられないのか?」
と、可能性を口にした。

するとウィットマンは、
「まあ、その可能性も無きにしもあらずですが。
あの被害者の状況を見て、財布を抜き取ろうなんて気を起こしますかねえ?」
と、否定的な見解を示す。

それにはバドコックも肯いた。
確かにあの無残な遺体から財布を抜き取るのは、かなり勇気がいるだろう。
いくら金が欲しくても、そこまでする欲ぼけ野郎がいるとは考えにくいし、考えたくもなかった。

「今のところ分かっているのは以上です」
そう言ってウィットマンは報告を切り上げた。
そして、「ご苦労だったな」という上司からの(ねぎら)い言葉を潮に、自席に戻って行った。

部下を見送ったバドコックは、宙を向いて考え込んだ。
――確かに財布の中身がなかったのは引っかかるな。
――犯人は何故今回の被害者に限って、財布を抜き取りやがったのだろう?

これまでの6件の犯行では財布どころか、被害者の所持品には一切手が付けられていなかった。
加えてこれまでの被害者たちには、性的暴行を受けた形跡も全く認められなかった。
そのことが、殺人自体が犯行動機であるという推定につながり、犯人像を特殊なものにしていたのは否めない。

――しかし、そう決めつけるのは早計だったか?
――あるいは今回の犯行に限っては、他の人殺し野郎による模倣犯罪だというのか?
――いや、犯行方法は公開されていないから、模倣は出来ないはずだ

これまでの犯行現場で、第一発見者が被害者の遺体、特に首筋の傷口を見ている可能性はある。
しかし、そこから犯人の殺害方法――被害者を噛み殺すなどという、馬鹿げた手段を想像することはかなり困難だと思われるし、実際にそれが世間に流布している形跡はなかった。

それに単に金を盗るのが目的なら、それこそ真似すべき強盗犯はあちこちにいる。
わざわざこんな手間のかかる殺し方を選択する必要はないはずだ。

従って模倣犯の可能性は低いということになる。
では偶然同じような動機を持って、共通の殺害方法をとる犯人が、同じ地区に出現したということだろうか。

――いやいや。いくら何でも、そんなことはあり得ない
バドコックはその可能性を即座に否定した。
人を噛み殺すような大馬鹿野郎が、何人もいるはずはなく、仮にいたとしても、同時期に同じ場所に出現する確率などゼロに近いだろう。

――やはり今回の犯人も同じ奴だと考えるのが妥当だ。
――すると今回に限って犯人が、被害者の財布を抜き取った理由は何なのだろう?
バドコックは、自分が堂々巡りの思考の迷路を彷徨っていることにふと気づくと、思わず苦笑を漏らした。
時計を見ると既に1時を過ぎている。
彼は朝から殆ど何も食べていないことを思い出し、急に空腹を覚えた。

――とりあえず飯だ。
バドコックは勢いよく立ち上がると、ランチに出かけることにした。
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