【24-2】<神>であった者たち(2)

文字数 2,007文字

「汝の要求に従い、これまで通り、この人間の発声器官を用いて吾の持つ情報を伝えよう。
直接汝等の精神と交信することは可能だが、人間の言葉を用いる方が汝等にとって利便性が高いようだ。

しかし人間の言葉は修辞が多すぎるので、吾にとっては非常に煩わしい。
これより先は、吾の思考体系に沿った言葉で、汝等に情報を伝達することにする」
蔵間顕一郎(くらまけんいちろう)の口を借りた<神>は、そう前置きして語り始めた。

「吾とこの者は、1,962年から共同体を形成している」
そう言って一度未和子を見た蔵間は、永瀬と林に視線を戻して続けた。

「それまで吾は、汝等の良く知るケネス・ボルトンと共に存在した。
そしてこの者は、その当時メアリー・ウィンタースと言う名だった人間と共に存在していた。

2人はロンドン市内で偶然邂逅したのだが、吾とこの者はその時に共同体を形成することに合意し、その方法として2人が結婚するように誘導したのだ」

「く、蔵間先生、共に存在していたとは、どういうことなのでしょうか?」
「それについて汝が理解するためには、吾等の在り方について、まず説明する必要がある。

吾は人間の西暦でいう645年から存在を開始した。
この者が存在を開始したのは、1,051年である」
「正確には、1,051年7月22日17時38分です」
未和子が蔵間を補足する。

「この者は、この様にディテールに拘るのだ。
まあよい。話を戻そう。

吾もこの者も存在を開始した時には既に、人間によって<神>と定義されていた。
吾等をその様に定義していたのは、キリスト教と言う名称を持つ、宗教の信者たちであった」

「存在し始めたとは、具体的にどのような状況を指すのでしょうか?」
と、林が訊く。

「吾は、吾と同様の者たちから分離し、吾として存在するようになった」
「成程。つまりあなた方は、この様な表現が許されるのであれば、ある個体から分裂して、新たな個体となるのですね?」

「それ程単純ではないが、汝のその推論は概ね正しい。
吾等はある時期まで、汝の言うところの個体が集合して共同体を形成していた。

その共同体の中では、個体間の境界は明確ではなかったのだ。
従って吾は複数の個体の中から分離し、その後共同体を構成する新たな一個体として存在を開始したのだ」

「それは私も同様です」
未和子も蔵間に同調する。

「あなた方は、何故分裂して、共同体内の個体数を増やす必要があったのですか?」
「吾等が、人間の発するエナジーを糧にして生存していることは、先程の汝の説明にもあった通りだ。

そして共同体が存在する範囲を拡大し、より広範な領域で人間からエナジーを獲得しようとしていたのだ。
これは汝ら人間が構成する、宗教教団の拡張とも連動していた」

「そのあなた方が、どのような理由で単独で生活する、貴方の言葉を借りるならば、存在するようになったのですか?」
「吾が所属していた共同体全体を維持出来る量のエナジーが、人間から得られなくなったからだ」

「そのエナジーとは何なのですか?」
そこで永瀬が口を挿んだ。
以前林から聞いた話にも、その単語は出てきていたが、彼には今一つ理解できていなかったからだ。

「汝らは自覚しておらぬが、人間が行う精神活動はエナジーの生成を伴っているのだ。
人間は認識し、思考し、判断する過程で、必ずエナジーを生成する。
そしてそのエナジーは吾等の構成要素に非常に近いのだ」

「構成要素とはどの様なものでしょうか?ご説明いただけますか」
と林が要望すると、

「吾という存在の最小単位だ。異なる点も多くあるが、汝ら人間にとっての細胞と認識すればよい」
という答えが蔵間から返って来た。

「ああ成程、ありがとうございます。どうぞ続けて下さい」
林はそう言って蔵間を促した。

「吾等は人間が発するそのエナジーを摂取し、吾等の一部とすることで自身を維持している。
それを消費して思考し、記憶し、情報交換するのだ。

摂取するエナジーの量が、定常的に消費する量をある程度上回れば、複数の個体から新たな個体を生成することになる」

「なる程よく解りました。
我々はあなた方が、複数の個体によって形成される集合体ではないかということについては推測していましたが、個体の誕生については考えが及んでいませんでした。

そういう意味で今の先生のご説明は、我が教団にとって新たな知見です。
しかしそうであれば別の疑問が生じます。

理論的には人間の数が増える程、あなた方が吸収出来るエナジーの量は増加し、結果あなた方は個体数を増加させることが出来るはずです。

しかし貴方は今、共同体を維持出来る程のエナジーが得られなくなったと仰った。
それは何故ですか?」
「人間の発するエナジーに含まれる有害な不純物が、急速に増加し始めたからだ」

「不純物ですか。私は以前その話を、私の中にいる<神>との交信で知りました。
その有害な不純物とは、具体的にどの様なものなのか、貴方の言葉でもう一度ご説明いただけますか?」
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