【18-4】林海峰の回想―神との邂逅(4)

文字数 1,697文字

そんな彼の思惑に、その時<己>は気づいていないようだった。
もしかしたら、父林紫嶺(リンヅゥリン)の思念の残滓(ざんし)が、その時の彼や<己>に働きかけていたのかも知れない。
海峰は、後になってそう思うのだった。

『それは分からないが、お前の父はその様な手段を試みようとした。
従って己は、お前の父の自我を破壊してでも、その試みを拒否しなければならなかった。
何故なら、その様な特定の領域の中に存在して外部の精神世界に干渉出来ない状況を、己はこれまでに経験したことがなかったからだ。

己はお前の父に封印されることによって、存在が消滅することを危惧したのだ。
しかし現在の状況も、己の存続にとって適していない。
何故なら、この人間の自我を破壊することによって、精神活動レベルも同時に低下させてしまったからだ。

繰り返しになるが、己は存在に必要なエナジーを得るために、己自身でこの人間の精神機能を直接操作して、エナジーを生成させなければならない。
この様な状況は己の記憶の中に存在しない。
そしてこの人間の精神機能自体が、時間経過とともに低下している。

このまま対策を取らなければ、己の存在を維持することが困難になると推測される。
己は速やかに現在の状況を改善しなければならない』

「貴方はどのような方法で、人間の精神活動を操作するのか?」
先程と同様、操作方法に関する情報が、海峰の意識に直接送り込まれた。
しかしその方法は、当時の彼には難解すぎて理解し難いものであった。

海峰はそれを理解することを断念し、<己>との会話の過程で、彼の中で大きく膨らんできた1つの疑問を投げかけることにした。
「貴方の存在に関する本質的な質問をしたいが、よいか?」
『許可する。お前のその質問内容は興味深い』

「貴方は<神>ではないのか?」
『<神>とは、人間が宗教という集団を形成し、その集団の中で崇拝という行為の対象とする存在のことか?』
「そうだ」

『己が<神>であるという記憶は、現在己の中には存在しない。
しかし己が<神>であるという記憶を嘗ては所有していて、その記憶が消失してしまった可能性はある。
ところで何故お前は、己を<神>であると考えたのか?』

「貴方の記憶の中で、貴方がパウロ以前に共生していた司祭や、その周囲の人々から得ていたエナジーは、<神>への尊崇の感情を多く含んでいたように感じたからだ。
そしてその感情は、直接貴方に向けて発せられていたと感じられた。

それは即ち貴方自身が、彼らから<神>として尊崇されていたのではないかと考えられる。
そのことが、私が貴方を<神>ではないかと考える理由だ」

『なるほど。お前のその主張は論理的だ。
しかしそれに関連する己の記憶は既に消失している。
従って己が<神>であるという確実な情報を、お前に与えることは出来ない』

「分かった。では最後の質問をしよう」
『許可する』

「貴方は何故、パオロが刑死するまで待ったのか?
貴方にとって、パオロの精神の中にいることは、極めて危険だったと推察されるにも拘わらずだ」
『お前の主張の意味することが、己には理解出来ない』

「貴方は先程、人間の精神機能を直接操作出来ると言った。
では貴方は、何故パオロの精神を内部からコントロールして、彼を自死させなかったのか?

そうすれば彼の世界から速やかに離脱し、貴方にとってより有害性の低い、他の人間の世界に移動出来たのではないか?
その機会はあったはずだ」

『お前のその主張は興味深い。
己は何故そうしなかったのか?

何故だ?分からない。
分からないが、己には人間の意思をコントロールし、自らの死を選択させる機能がないと推察される』

「機能がないというよりも、貴方の無意識の中で、その様な機能の発動に対する抑止が働いているのではないか?
ある種の禁忌のように」

『禁忌という概念は己には理解出来ないが、お前のその主張は興味深い。
しかし己はそれが正しいと判断出来る情報を持たない。
従って、お前の問いに回答することは出来ない』

<己>がそう答えた時、周囲の環境が明らかに変化した。
その変化を認識した<己>は、
『待て。ここはどこだ?お前は己に何をした?』
と、海峰の精神に直接的な圧迫を加えて来た。
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