【39-1】狂気の魔人(1)
文字数 1,833文字
永瀬は、床のあちこちに横たわったその様子に、大きな違和感を覚えた。
恐怖と共に、抑えようのない嫌悪感が湧き起こってくる。
「ああ、あれ?」
永瀬の視線に気づいた梶本は、ソファを離れるとその中の1体に近づいた。
そして無造作に腕らしき部分を掴むと、それを永瀬の前に引きずって来る。
永瀬は恐怖のあまり、眼を背けることも出来ず、梶本が引きずってきたものを凝視した。
それは梶本が床に置いた途端に、後頭部が踵につく、ありえない姿勢で折れ曲がった。
「先生、こいつはね、毎朝毎朝電車の中でジャカジャカ音楽を鳴らして、周りに迷惑を掛けていた馬鹿男なの。
一度注意したら、逆切れして私に食って掛かってきたの。
生意気でしょう?
馬鹿のくせに。
だから、たまたま帰りの電車が一緒になった時に後をつけて行って、住んでいる所を確かめたの。
そしたら、このビルのすぐ近くだったのよ。
だから夜に帰ってくるところを待ち伏せて。
捕まえて、体をへし折ってやったわ。
ほら、こいつ座椅子みたいに、折れ曲がってるでしょう。
こうすると伸びるのよ。
ほんと、座椅子みたい。
あはははは」
梶本は笑いながら、両手で掴んだその死体を、折り曲げては戻している。
しばらくそうしていたが、やがて飽きてしまったのかその死体を放り出すと、また隅から別の2体を引きずってきた。
片方は制服を着た女子高生らしきもので、もう片方は派手なシャツを着た男のようだった。
男の下半身は裸のようだ。
「こいつはね、見たまんまの馬鹿女子高生なの。
大人に養ってもらってる餓鬼のくせに、私を見て笑ったのよ。
頭に来るでしょう?
だからこいつも待ち伏せて。
捕まえて。
顎を引き抜いた後、首を捻じ折ってやったわ。
糞小便垂れ流して、汚いったらありゃしない」
永瀬の目の前にぶら下げられた死体は、文字通り首が180度捻じ曲がっている。
「それから、こいつはね」
梶本は、もう片方の手にぶら下げた死体を、永瀬の目の前に突き出した。
その顔は原形を止めない程、粉砕されている。
「この馬鹿女の男らしいのよ。
こいつを捕まえる時に邪魔しようとしたから、ぶん殴って一緒に捕まえてきたの。
それでね、あんまりぎゃあぎゃあ騒ぐから」
それ以上は聞きたくなかったが、梶本は永瀬の耳に口を寄せて、囁いた。
「ペニスを睾丸ごと引き抜いてやったわ。
その後顔を踏み潰してやったの。
あははは」
梶本は狂ったように哄笑しながら、2人の死体を、棒きれの様に振りまわす。
凄まじい膂力 だ。永瀬には、もはや言葉もない。
「あ、そうそう」
梶本は2人をまた、無造作に放り投げると、部屋の隅に横たわった死体に近づき、長い髪を片手で無造作につかんでぶら下げ、永瀬の前に戻ってくる。
ぶら下げられた死体は、首が異常な長さに伸びていた。
「先生、こいつのことはよく知ってるでしょう?」
目の前に突きつけられた顔は、恐怖と苦痛で無残に歪んでいるが、紛れもなく永瀬の知る、本間雪絵 の顔だった。
「本間君…」
「そうよ、うちの研究室の馬鹿学生の本間。
こいつ研究室の世話になってるくせに、私に反抗するのよ。
そして私の陰口を散々言いふらして、笑いものにしていたのよ。
その上、私がここにはいるところを、こいつが見ていたの。
鬱陶しいでしょう?
こいつが一番ムカついたから、首を5回くらい捻ってやったわ。
そしたらほら、頚骨が外れたみたいで、ぶら下げると、こうやって首が伸びるの。
面白いでしょう?
あははは」
そう言って再び哄笑する梶本を見上げる、永瀬の心の奥底から、急速に激しい感情が湧き上がってきた。
それは梶本が成した行為への怒りでも、殺された本間たちへの同情でもなかった。
況 してや、自分が今置かれている状況への恐怖でもなかった。
それは彼女が、体も心も怪物と化してしまったことへの、抑えがたい同情と悲しみだったのかも知れない。
「梶本君!」
永瀬は、湧き起こる激情を抑えきれなかった。
「君は何でこんなことをしたんだ?
君はこんなことをする人じゃないだろう。
もっと優しくて、穏やかで、謙虚で」
そう叫ぶ永瀬を、梶本が凄まじい形相で睨みつけた。
そして腰をかがめると、永瀬の顔に息が吹きかかる程の距離まで顔を近づけ、それまで見開いていた目を細めて言った。
「先生は、私のやったことが、間違っていると仰るんですか?」
その口調は、それまでとは打って変わって、元の梶本のものに戻っていた。
顔からは一切の表情が消えている。
その表情の方が、先程笑いながら死体を弄んでいた時よりも、遥かに恐ろしいと、永瀬は思った。
恐怖と共に、抑えようのない嫌悪感が湧き起こってくる。
「ああ、あれ?」
永瀬の視線に気づいた梶本は、ソファを離れるとその中の1体に近づいた。
そして無造作に腕らしき部分を掴むと、それを永瀬の前に引きずって来る。
永瀬は恐怖のあまり、眼を背けることも出来ず、梶本が引きずってきたものを凝視した。
それは梶本が床に置いた途端に、後頭部が踵につく、ありえない姿勢で折れ曲がった。
「先生、こいつはね、毎朝毎朝電車の中でジャカジャカ音楽を鳴らして、周りに迷惑を掛けていた馬鹿男なの。
一度注意したら、逆切れして私に食って掛かってきたの。
生意気でしょう?
馬鹿のくせに。
だから、たまたま帰りの電車が一緒になった時に後をつけて行って、住んでいる所を確かめたの。
そしたら、このビルのすぐ近くだったのよ。
だから夜に帰ってくるところを待ち伏せて。
捕まえて、体をへし折ってやったわ。
ほら、こいつ座椅子みたいに、折れ曲がってるでしょう。
こうすると伸びるのよ。
ほんと、座椅子みたい。
あはははは」
梶本は笑いながら、両手で掴んだその死体を、折り曲げては戻している。
しばらくそうしていたが、やがて飽きてしまったのかその死体を放り出すと、また隅から別の2体を引きずってきた。
片方は制服を着た女子高生らしきもので、もう片方は派手なシャツを着た男のようだった。
男の下半身は裸のようだ。
「こいつはね、見たまんまの馬鹿女子高生なの。
大人に養ってもらってる餓鬼のくせに、私を見て笑ったのよ。
頭に来るでしょう?
だからこいつも待ち伏せて。
捕まえて。
顎を引き抜いた後、首を捻じ折ってやったわ。
糞小便垂れ流して、汚いったらありゃしない」
永瀬の目の前にぶら下げられた死体は、文字通り首が180度捻じ曲がっている。
「それから、こいつはね」
梶本は、もう片方の手にぶら下げた死体を、永瀬の目の前に突き出した。
その顔は原形を止めない程、粉砕されている。
「この馬鹿女の男らしいのよ。
こいつを捕まえる時に邪魔しようとしたから、ぶん殴って一緒に捕まえてきたの。
それでね、あんまりぎゃあぎゃあ騒ぐから」
それ以上は聞きたくなかったが、梶本は永瀬の耳に口を寄せて、囁いた。
「ペニスを睾丸ごと引き抜いてやったわ。
その後顔を踏み潰してやったの。
あははは」
梶本は狂ったように哄笑しながら、2人の死体を、棒きれの様に振りまわす。
凄まじい
「あ、そうそう」
梶本は2人をまた、無造作に放り投げると、部屋の隅に横たわった死体に近づき、長い髪を片手で無造作につかんでぶら下げ、永瀬の前に戻ってくる。
ぶら下げられた死体は、首が異常な長さに伸びていた。
「先生、こいつのことはよく知ってるでしょう?」
目の前に突きつけられた顔は、恐怖と苦痛で無残に歪んでいるが、紛れもなく永瀬の知る、
「本間君…」
「そうよ、うちの研究室の馬鹿学生の本間。
こいつ研究室の世話になってるくせに、私に反抗するのよ。
そして私の陰口を散々言いふらして、笑いものにしていたのよ。
その上、私がここにはいるところを、こいつが見ていたの。
鬱陶しいでしょう?
こいつが一番ムカついたから、首を5回くらい捻ってやったわ。
そしたらほら、頚骨が外れたみたいで、ぶら下げると、こうやって首が伸びるの。
面白いでしょう?
あははは」
そう言って再び哄笑する梶本を見上げる、永瀬の心の奥底から、急速に激しい感情が湧き上がってきた。
それは梶本が成した行為への怒りでも、殺された本間たちへの同情でもなかった。
それは彼女が、体も心も怪物と化してしまったことへの、抑えがたい同情と悲しみだったのかも知れない。
「梶本君!」
永瀬は、湧き起こる激情を抑えきれなかった。
「君は何でこんなことをしたんだ?
君はこんなことをする人じゃないだろう。
もっと優しくて、穏やかで、謙虚で」
そう叫ぶ永瀬を、梶本が凄まじい形相で睨みつけた。
そして腰をかがめると、永瀬の顔に息が吹きかかる程の距離まで顔を近づけ、それまで見開いていた目を細めて言った。
「先生は、私のやったことが、間違っていると仰るんですか?」
その口調は、それまでとは打って変わって、元の梶本のものに戻っていた。
顔からは一切の表情が消えている。
その表情の方が、先程笑いながら死体を弄んでいた時よりも、遥かに恐ろしいと、永瀬は思った。