【27-1】神と宗教(1)

文字数 2,382文字

永瀬晟(ながせあきら)が腕時計に目をやると、時刻は午後3時を過ぎていた。
蔵間宅を訪れて既に2時間余りが経過していたが、永瀬にはそれ程長い時間とは感じられなかった。

それは林海峰(リンハイファン)蔵間顕一郎(くらまけんいちろう)たちの世界に完全に引き込まれてしまったからだろう。

彼らの間で交わされた会話の中身は、永瀬にとって異世界の物語としか思われない、まるで現実味のないものだった。
しかし、今や彼はその物語を完全に受け入れてしまっていた。

「さて蔵間先生、大変有意義なお話しを聞かせていただき感謝いたします。随分と長くお時間を頂戴し大変恐縮ですが、もう少しお話しをさせて頂いてよろしいでしょうか?」

林がそう言うと蔵間、正確には彼の精神世界にいる<神>は、
「それが吾等と関連することであれば、許可する」と応諾した。

「勿論です先生。これまでお聞かせ頂いたお話しから、我が教団が長年に渡って探求してきたテーマの解答が漸く得られると、私は確信しました。
是非とも今日、その答えに到達したい」

そういう林の双眸に力が満ちているのを見て、永瀬は固唾を飲んだ。
蔵間と美和子は黙って肯く。

「次に私が話題にしたいのは、我々人間と<神>とを繋ぐ架け橋とも言うべき、宗教についてです。」
「宗教?それは汝の所属する教団のことか?」

「いえ、私がお話ししたいのはキリスト教についてです。
あなた方は嘗て、キリスト教を信仰する集団と共生していたのですね?」

「そうだ。吾もこの者も、この世界で個体として存在を始めた時から、キリスト教徒という人間の集団と共生関係にある共同体に所属していた。

我々が最後に共生していた、ケネス・ボルトンとメアリー・ボルトンという夫婦もキリスト教徒であった。

特にメアリーという人間はかなり熱心な、人間の言葉を借りるのであれば信仰心の厚い信者であった」

「やはりそうですか。我々は、キリスト教という宗教が、あなた方にとってどの様な役割を担うものであったか、一つの仮説を持っています。

しかし、それについてご説明する前に、一般的な宗教についての考えから説明させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「それは興味深いな。続けることを許可する」
蔵間と同時に、未和子も肯いて是認した。

「ありがとうございます」と軽く頭を下げると、林は話し始めた。

「そもそも我々人類は、いつから<神>という概念を持つようになったのでしょう。
私の言っている意味は、<神>という言葉で定義され、具体的なイメージで表される<神>ではありません。

より抽象的な概念としての<神>です。
何故ならば<神>という言葉のイメージは、地域や民族、場合によっては個人レベルで具象化され、固定されてしまうからです。

その様に人間の観念から作り出された姿形は、あなた方<神>の本質的な在り様を、正確に表していないのではないかと我々は考えてきました。

これは我が<九天応元会(きゅうてんおうげんかい)の創始者である林清虚(リンチィンシィー)が、西域において直接触れた<神>のイメージに基づいています。

ですので、これから私が語る内容はより抽象的な、人類がかつて普遍的に抱いていた<神>という概念についての話とご理解下さい。」

「それは、吾等について語ることと同義であると理解してよいか?
非常に興味深い。
続けることを許可する」

「繰り返しになりますが、人類はいつ、どの様にして<神>という概念を獲得したのでしょうか。

我々は<神>という概念そのものが、<神>から人類に与えられたものではないかと考えています。蔵間先生は、その点に関する知識をお持ちでしょうか?」

「人類が社会を形成したのは、吾が吾として存在し始めるよりも、かなり以前の時代だと記憶している。

その記憶を、吾は以前に所属していた共同体において共有されていた可能性はあるが、現在は吾の記憶として存在していない。
従って、汝の問いに回答することは吾には出来ない」

「承知しました。
では我が教団の仮説に基づいて話を進めさせていただきます。

我々は人類に与えられた<神>という概念が、あなた方が存在していくために必要なエナジーを獲得するための、ある種のシステム、あるいは装置ではないかと考えています」

「システムですか?」
永瀬がそう口を挿んだので、林は「そうです」と彼に頷いた。

「人類が精神活動により生成するエナジーに、一定の方向性を持たせるためのシステムです。

人類が共同体を形成し、それが拡大していく過程で、ある集団では抽象的な<神>という概念を具象化していったと推測されます。
そうすることによって<神>の存在を、人々により明確に認識させることが出来たからでしょう。

人間が定義した<神>の姿形の多くは、人間にとって既知の存在、あるいはそれに近しい姿をもつ存在でした。
例えば人間そのものの姿あったり、動物の姿やその複合体、所謂(いわゆる)キマイラであったりします。

そして姿形だけでなく、神々の世界にも<神>の間での血族関係やヒエラルキー、異種族との対立や抗争といった、人間社会と同じ構図が持ち込まれました。
その理由の1つは、ある集団では<神>が自分たちの祖霊と定義され、集団内で伝承されてきた歴史を、<神>の物語に当て嵌めていたためと思われます。

つまり人間社会の過去に遡る延長線上で、<神>とその社会、そしてその営みについてのイメージが構築されていったのです。
それは神話という物語として、人間社会に拡散し定着していきました。

代表的な例としては、北欧神話のアースガルズの神々や、ギリシア神話に登場するオリュンポスの神々があります。

しかしその様にイメージを具象化する方法は、<神>にとって必要なエナジーを生産し供給するシステムとしては、あまり効率的に機能しなかったのではないでしょうか」

林たちが立てたその仮説に、蔵間の言葉を借りて、<神>が疑問を呈した。
「汝は何故その様に思考するのか?
根拠を説明することを要求する」
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