【39-2】狂気の魔人(2)

文字数 1,489文字

「なぜそんなことを仰るんですか?
こいつらは社会の屑なんです。

生きていても何の役にも立たないんです。
役に立たないどころか、周りに迷惑を掛けて、社会に害毒を流し続けるだけなんです。

だから私が抹殺してやったんです。
いわば、社会のために正義を執行したんですよ。
それを先生は批判なさるんですか?」

「せ、正義って。
この人たちがしたことが、こんな惨い死に方をしなければならない程、悪いことだったというのか?

この国は法治国家だ。
罪を犯したものを裁くのは、人間じゃなく法律だ。

まして、この人たちがしたことは、犯罪でもなんでもないじゃないか!」
恐怖と怒りから、永瀬は絶叫した。

「犯罪です。
こいつらがしたことは歴とした犯罪です。
先生には分からないんですか?」

「梶本君。君、もしかして箕谷君まで…」
「あいつの名前は出さないで下さい」
梶本はすっと背筋を伸ばすと、冷徹に言った。

「先生はあの屑男が、私に何をしたかご存じなんですか?
あいつは、あの屑は、私を強姦したんですよ。

教室の運営について話があるからと言って、私の部屋に無理やり上がり込んで来て。
私を襲ったんですよ」

「そ、そんなことが…」
「本当です。

あいつは、その後も何回か私の部屋に来て、無理矢理関係を迫って来たんです。
だから私は、あの屑の部屋に乗り込んで行って、あの腐った頭を捻ってやったんです」
永瀬はもはや言葉を失っていた。

「そうよ、あの箕谷の奴も含めて、こいつらは極悪人だわ。
自分勝手な理由で、他人に一方的に迷惑をかけて。

他人をあからさまに馬鹿にして。
他人の心を傷つけて。

一体何様だって言うの!
屑のくせに、屑のくせに、屑のくせにいいいいいい」

ヒステリックに絶叫したかと思うと、梶本は再び永瀬に振り向いた。
「だからこいつらは、殺されて当然の奴らなんです。
それが永瀬先生には分・か・ら・な・い・ん・で・す・か?」

梶本の言葉は冷徹さを取り戻していたが、ゆっくりと念を押すように発せられた最後のフレーズが、彼女の怒りの凄まじさを如実に表していた。

永瀬は、近づいてきた梶本の脇を咄嗟にすり抜け、ドアに向かって突進した。
自分のどこに、この様な力が残っていたのかと思える程、俊敏な動きだった。

しかしそれも、梶本には通用しなかった。
振り向きざまに手を伸ばして永瀬の腕をつかむと、凄まじい膂力で自分の正面に引き寄せ、もう一方の腕をつかんで持ち上げる。

「先生は、先生は、せんせいはああああ!
どうして私の気持ちを!
分かってくれないんですかああああ!」

雄たけびを上げて、再び梶本が激高し始めた。
永瀬は間違いなく殺されると思い目を閉じる。
その時になって初めて、自分が失禁していることに気づいた。

その時だった。
永瀬を拘束していた力が緩み、永瀬の体は梶本の束縛を逃れて、床に落ちた。

「あんた誰よ?」
恐る恐る目を開くと、梶本が怪訝な表情を浮かべてそう言った。

「私に会いに来た?」
もはや永瀬は眼中にないように、そう続ける。

しかしここには梶本と永瀬しかいない。
――彼女は誰に向かって話しているんだ?
永瀬には咄嗟にそれが理解出来なかった。

「鏡?鏡が何ですって?
あんたは煩いわね。
ちょっと黙っててよ」
梶本がまた、誰かに向かって言った。

永瀬が恐る恐る立ち上がり、梶本の肩越しに彼女の背後を見ると、ドアの脇に等身大の立鏡が置かれていた。

そしていつの間に部屋に入って来たのか、林海峰の姿がドアを挟んで、鏡の反対側に見える。
彼はドアの脇に置いた椅子に腰かけ、目を閉じているようだ。

「鏡?どこに?」
「梶本君、ほら、君の後ろに鏡がある」
永瀬が咄嗟に背後を指差すと、梶本が鏡の方に向かって振り向いた。
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