第93話

文字数 476文字

「父上」
 暗がりから出てきたのは、息子の忠宗であった。
「どうした、暗い顔をして」
「小野派の全てを、弟の忠常に継がせるというのは本当ですか」
「その話か」
「答えてください!」
 唾を飛ばす忠宗を次郎右衛門――忠明は静かな瞳で見つめ、
「本当だ」
「なぜ!」
 血を吐くような、忠宗の声。
「なぜです、父上! 奴の剣の腕は私に遠く及びません! 小野派を継ぐのは、私こそが相応しい」
「腕ではない。心の問題じゃ」
「心……?」
「もし、お前に流派を継がせるとして……忠常はこのような談判はすまい。そこよ」
「父上……」
 忠宗は血走った目で、刀の柄に手をかけた。
「どうしても、私に小野派を継がせる気はない、と?」
「くどい」
「……なれば」
 転瞬、月明りに白刃が閃いた。
 どう、と忠宗が倒れる。
「親不孝なことだ。父に息子を斬らせるとはな」
 少しだけ、寂しそうに忠明はつぶやくと、ゆっくりと歩み去った。
 忠宗の死体だけが後に残される。
 夜風が、わずかに血の臭いを巻きあげた。



『門松』

「あら、門松よ」
「本当だ。こんな都会に珍しいな」
「……どうも変ね、この門松」
「何がだい?」
「ほら、見て」
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