第64話

文字数 1,475文字

「ちょっと何なの? 私のいないあいだに勝手に決めるなんてひどいじゃないっ」
 そう抗議すると、斜めまえの席にすわる優香がへへーんと振り向いて言った。
「もー何言ってんだか。そもそもこんな日に遅刻してくるあんたが悪いんじゃない」
 沙織も加勢する。
「そうだよー。今日は年に一度の閣僚人事を決める日なんだから、ホームルームに参加しなかった祥子が悪い」
「うう……」
 そう言われると返す言葉もない。深夜アニメを終いまで見たせいで寝坊してしまったのだ。さらに慌てて家を飛び出したもんだから乗るバスを間違えちゃって……。
「総理大臣なんてみんなやりたくないからさー、その場にいないひとが押し付けられちゃうのは当然の流れよね」
「ひどいよ……」
「まあ、自業自得ってことであきらめなさい」
「むう……ところで、あんたは何やるの?」
 私は恨みがましい目で優香を見た。彼女が勝ち誇ったように言う。
「あたし? へへーん、あたしは環境大臣だよ。低炭素社会に向けた学校生活の実現、とか絵に描いた餅みたいなこと言ってれば一年終わっちゃうもんね」
 沙織も自慢げに言う。
「わたしは行政改革担当大臣。生徒本位で時代に即した合理的かつ効率的な行政改革を官民一体でなんちゃらかんちゃら」
 他の子たちも次々に自慢してくる。
「わたしは女性活躍担当大臣」
「こども政策担当大臣」
「えへへ、新型コロナ対策担当大臣になっちゃった」
「デジタル田園都市国家構想担当大臣です」
「消費者および食品安全・クールジャパン戦略たんと、痛てっ、舌噛んだ」
 私はため息をついた。大臣のポストって掃いて捨てるほどあるのね。なのに私は、よりにもよって総理大臣……。
 そのとき私の肩がポンと叩かれた。
「よう池谷、おまえ女子の総理大臣に決まったんだって?」
 見ると、クラスメイトでバスケ部の若林くんだった。いつもながら笑顔が爽やか。白い歯がまぶしい。私はちょっとドギマギしながら答えた。
「あ、うん、そうなんだよね。だから困っ……」
「おれも男子の総理大臣に選ばれちゃってさ」
「えっ、そうなの?」
 私は急に胸が高鳴るのをおぼえた。ひそかに憧れていた若林くんと一緒だなんて。
「いやー、遅刻してきたら勝手に選ばれちゃってて」
 うふふ、私とおなじこと言ってる。
「納得できねえ気もするけど、なっちまったもんは仕方ない。大変なこともあるだろうけど、おたがい助け合って一年間がんばろうぜ」
「う、うん。そうだね」
「で、取りあえずは施政方針演説をどうするかだけど……。なあ、良かったら放課後どっかで相談しない? ドリンクおごるからさ」
「……うん!」
 さっきまでの憂鬱な気分が一瞬で吹き飛んだ。良いじゃん。内閣総理大臣、最高じゃん。こりゃ一年間、楽しくなりそう!





『できもの』【りきてっくす→るうね】

 むかしからよく生理中に風邪をひいたりすると口のなかにデキモノができた。
 友だちは額にニキビができるというが、わたしの場合はなぜか口のなかにできる。
 たいていは三日もすると治ってしまうのだが、そのときは一週間たってもよくならなかった。
 デキモノは右頬の裏側にあって舌で探るとけっこうなでかさに感じられるが、鏡へ向かい頬を裏返してみると米粒ほどの大きさしかない。とくに痛みもなく気にせずに放っておいたが、食事中にうっかり噛んでしまい、そのときは飛び上がるほど痛かった。ひとたび肉を噛み破ってしまうと口腔内のことでもあり、傷はなかなか塞がらない。そうこうするうちにまた気を抜いて噛んでしまうという繰り返しで、気がつくとわたしの頬には小豆大ほどの肉芽が形成されていた。
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