第20話

文字数 1,993文字

「ちょっと……」
「巨根戦士デカマラン見参っ!」
「あの、ちょっと真白先生ってば」
「俺様が来たからにはテメエらの好きには……って、あー、校長せんせ」
「あー、じゃありませんよ。ブツブツ言いながら一体なにを書いているのですか?」
 金ぶちメガネを持ち上げて、校長がのぞき込んでくる。真白先生は、エヘヘと照れながらiPadを彼のほうへ向けた。
「じつはですね、今度の学芸会でやる劇の台本を書いてたんですよー」
「あのねえ、真白先生」
 校長がため息をつく。
「下ネタはやめましょうよ下ネタは」
「えー」
「えー、じゃありません。いいですか、学芸会には父兄のかたも大勢観に来られるのです。こんな下品な劇を上演したらPTAが黙っちゃいませんよ」
「ぶー」
「ぶー、じゃありません。さあ、早く書き直してください」
 真白先生は、ぶーぶー文句を言いながら文章を修正しはじめた。
「ふははは、この怪人アベソーリが消費税を五〇パーセントまで引き上げてやる! 愚かな民よ、貧困にあえぐがよい!」
「待てい!」
「む? なにやつ!?」
「共産剣士アカハタ参上! この不景気に増税するとは、神をも恐れぬ所業!」
「ちょっと……」
「衆議院の過半数が賛成しても、この俺様が反対票を――」
「あの、ちょっと真白先生ってば」
「なんですかもう。今いいとこなのにー!」
 真白先生は文字を打つ手を止め、頰をプクッとふくらませた。校長がまた、ため息をつく。
「だから、学芸会でこういう劇は困るんですってば」
「えー、これもダメですかあ? 子どものうちから政治に興味を持たせるのは、良いことだと思うんですけどもー」
「それはそうですけど、偏った政治スタンスを無垢な子どもたちに押し付けるのはどうかと思いますね」
「ぶーぶー」
「ぶーぶー、じゃありません。ほらほら、もう一度はじめから書き直してください」
 校長がパンパンと手をたたく。真白先生はジトーっと恨みがましい視線を投げてから、ふたたびiPadに向かった。
「ふははは、われこそは悪の化身コーチョーセンセ!」
「ちょっと……」
「教育委員会と結託して、イジメ問題を片っ端から隠蔽して――」
「あの、ちょっと真白先生ってば」
 校長がちょっとキレた。
「どうやらあなたとは永遠に分かり合えないという気がしてきました。よろしい、劇の題材はわたしが決めましょう」
「えー、ひどーい。わたしのクラスの劇なのにー」
「私の学校の劇でもあります」
「これってパワハラですよね? ミートゥー運動はじめちゃいますよ」
「なにを言ってるのです。これは、たんなる業務命令ですよ。あなたに任せておいたら、とんでもない劇を上演してしまうでしょう」
 校長はコホンと咳払いして言った。
「よろしい、真白先生のクラスでやる劇の題材は、桃太郎に決定します!」
「ふえー」
 真白先生は悲しそうな表情で首を振った。
「ふつう過ぎてつまんなあい」
「つまんなあい、じゃありません。それと貧乏ゆすりはやめなさい。若い女性がはしたない」
「校長せんせって、ほんと頭固いですよねえ。そんなんじゃ、グローバル化の波に乗りおくれますよ」
「はいはい、乗りおくれてけっこう。とにかく劇は桃太郎でいきますから、しっかり台本の手直しをお願いします」
 真白先生は、ぶーぶー文句を言いながらiPadに新しい文字を打ちはじめた。
「えーと……むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがいました」
「そうそう、その調子です」
「ある朝のこと、お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました」
「うむ、それでいいのです」
「どんぶらこ、どんぶらこ。あれまあ、なんて大きな桃だこと。持って帰って、爺さんと一緒に食べましょう」
「いいですね、生徒たちも喜ぶことでしょう」
「お婆さんが桃をナタで割ってみると、あら不思議――中から現れたのは」
「じゃあ私は仕事がありますので、あとは真白先生に任せて……」
「巨根戦士デカマラン! 凶悪な鬼どもよ、うんこができない恨み、今こそ晴らしてくれるわ!」
 校長はがっくりと肩を落とし、疲れ切った顔で言った。
「……やっぱりそうなりますか。もう劇はあきらめて、みんなで歌でもうたいましょうよ」



『千趣会』【りきてっくす→るうね】

 妻がうっとりと通信販売のカタログを眺めて「このお洋服素敵だわあ、素敵だわあ」としつこく言うので仕方なく買うことに同意したのだが、いざ届いた商品を身につけて鏡の前へ立つなり「なによこの服っ、カタログと全然違うじゃない!」と怒り出した。断言してもいいが商品はカタログに掲載されているものと同じである。違って見えるのはそれを着る人間に問題があるのだ……とは口が裂けても言えない。
 私は妻が機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選びながら言った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み