第22話

文字数 1,354文字

 ポンプアクションで弾を装填する。息を殺しドアのまえに立った。
 廊下の向こうから甲高い叫び声が近づいてくる。
「ゾンビだ、ゾンビが出たぞーっ!!」
 まだ幼さの残る少年の声だ。
 丸田は声のするほうへ見当をつけ、ドア越しに銃を構えた。
 警備員室のまえを、少年が泣きながら通り過ぎようとする。
 引き金をひいた。
 無人の校舎に銃声が轟いた。
 木製のドアに大穴が空く。
 丸田はヒンジの壊れたドアを蹴り開けると、素早く廊下へおどり出た。
 血だまりのなかに少年が転がっていた。顔に恐怖の表情を張りつかせたまま、じっと天井を見上げている。
「うむ、死んだようだな」
 少年の瞳孔が開いていることを確認し、丸田はようやく止めていた息を吐き出した。
「恨むんなら政府を恨みなよ」
 国民ゾンビ化計画――
 完璧な社会主義国家の実現を目ざす政府は、ついにゾンビウイルスを国中にばらまくという暴挙に出た。
 これにより全国民の九十九パーセントが生きる屍と化したが、ウイルスに免疫を持つ残り一パーセントが政府の陰謀に気づき、団結して抵抗をはじめた。そんな彼らを排除するのが、丸田たち国家保衛部員の役目だ。
「ゔ、あああ……」
 床に倒れていた少年が、うめき声とともに身じろぎをはじめた。さすがに死んでしまっては免疫も用をなさないのだろう。彼はよたよたと立ち上がると、ゾンビの群へ加わるべく足を引きずり歩きだした。
「素敵なゾンビライフを」
 丸田は少年の背中へ向けてウインクすると、警備員室へ戻りふたたび銃の手入れをはじめた。
「あれ?」
 新しい実包を装填しようとして、ぎょっとなる。
 ――指に爪が生えていない。
 よく見ると両手の皮膚がところどころ青黒く糜爛していた。
「そんなバカな。ちゃんとワクチンを打ったはずなのにっ」
 あわてて鏡のまえに立つ。そこには生気を失った土気色の顔が映っていた。
「まさか……おれもゾンビに」
 喋った拍子に歯が抜け落ち、ころころと洗面台を転がった。赤く澱んだ目が、しだいに大きく見開かれてゆく。
「……厚生労働省め、さてはだましやがったな。おれたちはゾンビにならないと言っていたのに」
 怒りにまかせ髪をかきむしった。大量の髪の毛が指にからみついた。
「ちくしょう、共産主義者どもめっ」
 丸田は部屋のなかをうろつき回り、思いつく限りの呪詛の言葉をならべたてた。しかしそれは、もはや人間の言葉ではなかった。やがて彼は「ゔ、あああ……」とうめき声を発すると、大ぜいの仲間たちが待つ荒廃の巷へと歩みだした。



『大正浪漫ぽるの』【りきてっくす→るうね】

 点灯夫がひとつ、またひとつとガス灯へ火をともすたび、帝都の闇に溶け込みはじめたレンガ造りの街並みに、仄明かりの軌跡が点々と連なってゆきます。その明かりを避けるようにして、マリカは闇のなかをひた歩いてゆくのです。途中、はたはたと幌をならす人力車とすれ違うたび、彼女はじっと目を伏せ、誰か知り合いに見られはしまいかとびくびくするのです。目ざす先は、子爵綾小路家のお屋敷。マリカの胸の高鳴りに呼応して、遠くのほうから陸蒸気の汽笛が聞こえてきます。ああ、愛しい豊麻呂様。マリカは、マリカはこれからあなたに会いに行きます――。
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